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2009年12月の24件の記事

宇宙から、僕はコタツで。

Isschristmas2009

 昨日の夕食後、いつものようになんとなくTwitterを見ていたら1)楽天三木谷社長つながり(だったと思う)でソフトバンク孫社長に、そして何人かフォローしている人をたどっていたら、先日ロシアからISS国際宇宙ステーション)へ旅だった宇宙飛行士の野口さんに突き当たった!2)野口さんのつぶやきをさかのぼってみると、ISSのパソコンからTwitterポータルにアクセスしてつぶやいているようで、そんな野口さんをフォローできてしまうTwitterの手軽さにちょっと興奮した。野口さんはISSから、僕はコタツからつぶやくという、その置かれている立場やスケールが全然違うのに、つぶやきは同じ粒度なのだという点で、何故かよくわからないがとても不思議な感覚に陥るのだった。...リンク

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デイケア 17日目

 今日で精神科デイケアの活動は最終日である。午前中は先週のサロンで決めたデイケア喫茶の予定、つまり 1月と2月の喫茶開催のポスターを張るために、スタッフさんとメンバーさん4人で病院をひと回りした。デイケア棟から作業棟、病棟の廊下から会計課を通っ て外来の待合室、そして食堂に行った。食堂は職員以外の人でも利用可能になっているのだが、今までその場所へ行ったことがなかったので、今日はいい経験 だった。食堂から屋外の廊下を通ってぐるりと病棟の廊下へ戻ってこれることもわかった。この病院は傷痍軍人病院としての長い歴史があるのだが、病棟の増築 と改築を繰り返しているためか、あるいは何か作為的な意味があるのかはわからないが、廊下や病棟の配置がバラバラなのは何故なのだろうと思う。まっすぐの場所が開放病棟のある中央の廊下だけしかないのである。不思議なのだが、それは考えすぎかもしれない。

Sunshineandleaves

 午後は食堂で今年のデイケア活動を、パソコンとプロジェクターを使ってスライドショーで見ることになった。デイケア棟の前の小さなグラウンドでは、今年最後のソフトバレーボールの練習をしていた1)。年末ということもありメンバーが少なかったのだが、ときどき歓声が聞こえたので結構盛り上がっているようだった。ミーティングルームでも気合の入った作業療法活動2)を していたようだった。僕は午後のチャイムの後で食堂に行って大人しくしていたのだが、しばらくするとスタッフさんからスライドショーで使うプロジェクター の運搬を頼まれた。ついでに設営もしていると、コーヒーを入れるために沸かしていたガスレンジのお湯が噴いていたので、それの後始末をしたりしていた。そ の後、ソフトバレーボールの練習を見物していたら、スタッフさんが来てコーヒーを入れる人がいないと言う。なるほど、デイケア喫茶の主要メンバーはバレー の練習に参加しているからだった。僕も何かしら手伝おうと思っていたし、昨日から「コーヒーを入れるかもしれない…」という不安にも似た期待があったか ら、二つ返事で応じたのだった。誰に見られるわけでもなく、スタッフさんにも気楽に入れてくれればいいと言われ、コーヒーサーバーで何杯も作った。結局、 何度も不安になりながら「緊張するかもしれない」とか「きちんとコーヒーを入れられるだろうか」とか考えていても、実際には何の問題もなく作業できるの だ。確かに緊張はするが、それは普通の人だって同じことだし…。問題なのは、事前と事後に考えすぎることと、その時に冷静になれないことなのだろう。 ...全文

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仮想世界でペットを飼う。

 

@niftyが運営するニコッとタウンに 入居して3ヶ月、最初は何もない部屋で寂しく暮らしていたのが、今では少しずつ買い揃えた家具や装飾品で豪華?な雰囲気になりました。家具類は洋服やアク セサリと違って無料コインでしか手に入らないので、ブログやゲームなどでコツコツと貯めないといけません。高価な家具にはビリヤード台やダーツ台などがあ りますが、意外と安そうで高いのが観葉植物だと思います。ガレージに車を止めている人や自転車なんかもちょっとした豪華アイテムですよね。僕もいつかはビ リヤード台を買いたいなぁ。

Nicottopet091226b

 そういえば最近になってニコッとタウンでペットを飼えるようになりました。まだβ版で無料コインでの紹介ということになっています。将来は有料コインでの提供もあるようですが、現実世界にコーギーが生活しているので仮想世界にも女の子の犬を飼うことにしました。僕がニコッとタウンに居ない間、部屋の番犬になってくれればいいのですが。上の写真は犬を連れてドッグランに行った時のものです。夜のドッグランってどうなのでしょう?ちょっと不思議ですね。やっぱり昼間にいけばよかったかな?ペットの育成にはアイテムの他に遊んであげると いうファクターが盛り込まれているようです。そうした様々な刺激をペットに与えることで、初期パラメータとして設定されている素早さとか器用さとか根性な どが成長していき、芸を覚えたり称号を得たりすることができるらしいですね。また、一日に遊べる体力が決まっているので、ロールプレイングゲームのような レベル上げ作業はできない仕組みになっています。気長に生身のペットと同じように育てることが必要だということでしょう。 ...全文

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dokuwiki:template:sidebarのツールチップを修正

 久しぶりにメインのパソコンからネットサーフィンしている。最近は生活スタイルが変わってしまったので、腰を据えてパソコンを使う機会が減った。 これは僕にとっては良いことでもあり悪ことでもある。良い点は外の世界との接点が多くなり、運動したり会話したりすることが多くなったことだ。悪い点は趣 味でもあり仕事でもあるコンピュータの世界から遠ざかってしまうことである。今は正直言ってコンピュータ・プログラミングや電子回路設計ができる思考状態 にないので、どちらにしても精神科デイケアで心を休めながら、もっと楽な考え方の考え方2)を身に付けなければならない。たくさんの人に迷惑をかけてしまうのが気になるが、もう少し時間をもらって修行をしたいと思っている。

Daisukeh091226_2

 ところでこのサイト(思考の遷移図Ⅱ)DokuWikiという Wiki システムで構築している。本来的に Wiki は、Wikipediaのような辞書・用語ポータルサイトを構築するために開発された CMS のひとつである。多くの Wiki システムがあるが、そのどれもがプラグインによってブログや掲示板などの本来 Wiki システムにはないような機能を追加することができる。このアーティクルもそうして書かれているのだ。 Wiki システムのいいところ(そして最大のセールスポイント)は、リンクが容易に作成できることだ。3)システムによって記述方法は異なるが、DokuWikiの 場合は”[ [“と”] ]“で囲んだキーワードを自動的に新しいページとして作成してくれる。さらにサイト構築を用意にしてくれるのは、そうしたページの中身をあらかじめ用意し ておかなくてもいいということだ。つまり、必要なキーワードだけを列挙しておいてインデックスや文章を作成し、後でページの中身(つまりコンテンツ)を作 ることができるという機能である。ユーザーのオーソライズ機能を強化することによって、複数の人がサイトのコンテンツ拡充作業に従事するということも可能 になっている。素晴らしい機能だ。 ...編集日記

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デイケア 16日目

 今日は朝からとても暖かい一日だった。天気も良かったので、上着がなくても過ごしやすかった。相変わらず朝食の後に気分が悪くなる1)の だが、頑張ってウォーキングをしてから家の掃除を手伝って、コーヒーを入れて飲んでからデイケアに向かった。コーヒーを入れるのがここ数日の日課になって いる。デイケア喫茶のプログラム対策?ということもあるし、単純に自分で入れたコーヒーは美味しい(そして「美味しい」と言ってもらうのがうれしい!)か ら。ちょっとだけ本でコーヒーの入れ方を読んで、自分なりに研究していたりするのであった。

Coffee

 デイケアではミーティングの後で午前に参加するプログラムがなかった2)ので、図書室で見つけた星新一3)の 文庫を読んでいた。しばらくすると、ソフトバレーボールのキャプテンを務めているメンバーさんが自主練習に誘ってくれた。ちょうどトス(=オーバーハン ド)の仕方がよくわからなくて気になっていたから、いつか機会を見つけて教えてもらおうと思っていたのでちょうど良かった。準備運動をしてから掛け声をか けながら軽いランニングをしてから、ボールを使った練習をした。スタッフさんが軽めに打ち込んだボールをレシーブして隣の人に打ち返すのだが、これがなか なか難しい。どうしても頭で理解して動こうとするから、体がギクシャクして上手に打ち返すことができない。っていうか、そもそも頭がうまく回っていない し。経験が浅いから上手にプレイすることなんて100%無理なのもよくわかってはいるのだが、頭で思い描く動作の半分も体が動かないので、自分が情けなく なるのだ。あ、理想が高いとか、そういうレベル以前なのだ。足はフラフラしているし、腰は退けていたり逆に出っ張って いたりして、腕を変な風に曲げたり打ち返すものだから目も当てられない。ちゃんと動け!俺の手足!と言いたくなる。そして10本もレシーブを受けると息が 上がってゼーゼーしてしまう。体力がないというのもあるし、無駄な動きが多すぎて余計に体力を使うからだ。はいはい、よくわかっておりますよ。でも体が動 かないんです。情けないです。スタッフさんに息を強く吐いて呼吸して!って促される始末だった。 ...全文

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デイケア 15日目

Thinkingtransition

 今日は頑張って犬の散歩を兼ねたウォーキングと家の掃除の手伝いをして、その後コーヒーを入れてからデイケアに行った。午前中はサロンと 呼ばれるプログラムがあることは知っていたが、実際に何をするのか知らなかったので、内心はドキドキしていた。ミーティングの後で呼び出されて(って命令 されたわけじゃないけど)コーヒーを入れる事になった。どうやらデイケア利用者だけでコーヒーや紅茶を飲みながらの談話室のことを「サロン」と呼んでいる らしかった。僕はまだデイケアに参加したばかりで、デイケア喫茶のコーヒー係も新米だったから、最初の数杯分のコーヒーをいれることに…。最近は朝に自宅 でコーヒーを入れる練習をしていたから、以前よりドギマギせずに手際よく入れることができたと思う。もちろん味も問題ない、と思うのだが…。今日一緒に コーヒーを入れることになった係は僕を入れて5人いたが、みんな美味しいと言ってくれて助かった。みんなも手際よくデイケアの仲間の分を作っていった。僕 は洗い物やら整理整頓などを手伝いながら、その手際の良さを見ていた。こう言うと失礼かも知れないが、デイケアのみんなは本当にコーヒーの味の差がわかる のだろうか?正直、僕は比較してみないと味の差はわからない。コーヒーの絶対的な味というものを覚えていないし、どういうものが美味いか美味くないかは人 それぞれだとも思うから。コーヒーを上手に入れることと美味く入れることは違うと思う。上手に入れたからといって美味いとは限らない。逆もまた真なりで、 美味いからといって上手に入れたとは限らない。僕らコーヒー入れ係は上手に美味しくコーヒーを入れる事を求められていることは認識しているが、上手になるための訓練や熟達は可能でも、美味いかどうかは飲み手の判断で決まる。もうどうでもいいや。

 午後は音楽のプログラムに参加した。昨日届いたnoonの新譜「SongBook」がとってもいい曲ばかりで、今日の音楽のプログラムに是非持ってきたかったので、朝の散歩のときにコンビニに立ち寄ってCD-Rを買ったくらいだから1)。今日は音楽療法士さんが二人いて、参加した人もお話が上手な人が多かったので、楽しい時間を過ごすことができた。そういえば先生が木住野佳子さ んというピアニストのアルバムを2枚持ってきてくれて、その曲も聞いたのだが結構格好良くてデータ化したかった。今度借りようと思う。そのアルバムの中に 「My Foolish Heart」が入っていて、この曲が好きだったので聞いてみたら、アレンジでかなり変わっていた。 ...全文

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朝から活動的→午後に燃え尽きる

Who_am_i

 今日の関東地方はとてもいい天気だったので、朝のウォーキングをしてから愛犬(コーギー)のシャンプーをした。手慣れているとは言っても12月の自宅 シャンプーは結構寒い。一緒に風呂に入れるならいいけど、犬のシャンプー中は自分は水しぶきをかぶるだけで、全然暖かくないからね。で、シャンプーが終 わって後片付けをしていたら、風呂の壁にはってあるタイルが数枚はがれ落ちた!ずっと前から盛り上がっていたので気に してはいたが、なぜ今日なのだろうと…。なんとなく年内は剥がれないかもしれないと思っていた自分が馬鹿っぽい。その後でコーヒーを飲んでクリーニングに 出したスーツを取りに行った。昼食後は自家製味噌の仕込み作業を手伝った。今日予定していた仕事が終わったのでマシンルームでなんとなく「WHO AM I ?」というジャッキー・チェンの映画を見てしまった。が、あと20分でクライマックスという時になって、キッチンの電子レンジが作動して回線が切れた。 なかなかいいタイミングだと思う。...リンク

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デイケア 14日目

 今日は朝からちょっとだけアクティブに動いていた。早朝に妻と愛犬とともに1時間弱のウォーキングをしてから、家の掃除の手伝いをした。デイケアに出発 するまで時間があったので、コーヒーを自分でいれて飲んだ。デイケアに通うまでコーヒーをいれて飲むということに特別の注意をしていなかったのだが、ひと つひとつの動作を無駄なく効率的に、そしておいしいコーヒーをいれるということが案外難しいということを知った。まず、お湯を沸かすのだが、その間に挽い たコーヒー豆をペーパーフィルターに盛っておく。お湯が沸騰してきたら、最初は豆とフィルターを濡らして少しだけ蒸らすようにする。その後はコーヒーの杯 数分のお湯を何度かに分けて注いで、コーヒーを落とす。お湯は入れすぎてもいけないし、入れなさすぎてもいけない。自宅では夫婦で飲む分だけだから時間が かかってもいいが、デイケア喫茶でいれるコーヒーはお金を払ってもらうし、何人ものひとが同時に頼むから手際の良さがモノをいうようだ。ホットとアイスで は豆を変えなければならないし、紅茶も作る必要がある。使い終わった容器を洗ったり元の場所に戻すことも必要だし、何時お客さんが来てもいいようにお湯を 常に沸かしておかなければならない。そう考えると、一連の動作が実は絶妙な組み合わせの上に成り立っていることがわかるのだった。普通の人にはどうでもい いことかもしれないが…。何気ないことが何気なくはないという経験が、自分の弱さを客観的に知るというチャンスにもなっている。デイケアでは失敗しても誰もとがめたりしないし、むしろ励ましてくれたりするから頼もしい。自分の自信にもつながるし、チームワークという協調作業の訓練にもなっているのだった。そんなことを考えながら、今朝はコーヒーをいれて飲んだ。美味しかった。

Wateringpot

 デイケアで病院に来て朝のミーティングのあと、ストレッチのプログラムに参加しようとしていたら、スタッフさんに病院外への散歩に誘われた。歩いて15分くらいの場所にジャスコがあって、その中にコーヒー店1)ができたので行ってみようということだった。外でコーヒーを飲むことは少ないし、その店の噂を聞いていたから一緒に行くことにした。みんながブレンドを頼む中2)、僕はフェアトレード・ティモールというコーヒーにした。読んで字の如く、東ティモール産コーヒー豆のフェアトレード商 品なのだという。ブレンド+50円で200円と少しだけ高価ではあったが、僕でもできるちょっとした社会貢献をしてみようと…。肝心のコーヒーは特別にク セもなく、香りが高くて飲みやすいものだった。値段の割にはちゃんとしているという印象だ。帰り道を歩きながらスタッフさんと自立支援法や精神保健制度に ついての話をした。精神疾患が法的に擁護され始めたのはここ20年くらいのことで、戦後の歴史から考えたらまだまだ法整備が足りないこと、身体障害や知的 障害などの保健制度とは横のつながりが乏しく、縦割りで官僚的な考え方が存在していることなど、いろいろと問題が多いそうだ。それでも通所している病院 (とその中にあるデイケア施設)は国立病院だということもあり、施設は古いがきちんとしているのだと思う。箱よりも中身が大事なのは何事も同じことだか ら。…で、結局今日は午前中に2杯コーヒーを飲んだ。しかもインスタントじゃなくて。贅沢。 ...全文

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デイケア 13日目

Mazeandme

 今日は朝から気分が悪かったがデイケアには行った。午前の栄養士による食事指導と、午後の音楽のプログラムに参加した。昼食後にデイケア棟の外にある病 院内の公園のような中庭を、ひとりでグルグルと歩き回って少しだけ汗をかいた。この時だけはちょっと気持ちよかった。冷たい風が吹いていて、閉鎖病棟の細 かい金網が目に刺さるようで、風なのか気分なのか原因のわからない涙が数滴出てきた。午後、デイケア棟の中庭で歓声をあげてソフトバレーボールを楽しむ仲 間がちょっとだけ羨ましかった。自分も参加したいのだが、今日はそういう気分になれなかったから。パソコンルームも主(ぬし)の意図しない圧力(それは自分がそう思っているだけなのである。当の本人はYouTubeが 途切れずに見れればそれでいいらしい。僕はそういうことを良く思えないのだが、彼にはその世界がすべてなのかもしれないと思うと、なんとなく贖罪の意識が 沸いてくるのだった。)を感じてしまって、電源を入れるもすぐに切った。帰りにミーティングルームにあるバジルの葉を摘んだ。少しだけ御裾分けにもらって きた。新鮮なバジルの香りは力強い。明日はいい気分だといいな。 ...全文

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ギアチェンジ

Munchmukku

 デイケアに参加して約二週間が経過した。だいぶ雰囲気や仕組みにも慣れて、自分の弱った精神力がよく把握できるようになってきたように思う。もちろん薬 はこれまでどおりたくさん服用しているし、精神状態が好転したわけではないが、何かギアが入ったような、いい感じはしている。デイケアで行うプログラムの ひとつひとつが、粒度や精度が的確に設定してあって興味深い。自分の心の強さだとか、他人を許容したり信頼するということの難しさがよくわかる気がするの だった。デイケアもあと5日で仕事納めとなる。さぁ頑張ろう。そして新しい年を迎えよう。 ...編集日記

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デイケア 12日目

Stretch

 今日のデイケアで参加したプログラムは、午前のストレッチ体操と午後の音楽だった。ストレッチの後、ミーティングルーム(みんながお茶をのんだりしゃ べったり、麻雀や手芸をする部屋)に戻ってひとり古いJAVA関連の雑誌を読んでいたら、スタッフさんからソフトバレーボールの練習に誘われた。昨日のク リスマス会の疲れが出たのか、今日はあまり頭の調子が良くなかったのだが、それでも体を動かせば少し良くなるかと思ってストレッチに参加したのだった。さ すがにその後でバレーの練習は遠慮させてもらったのだが、せっかく誘われたので少しだけ練習に参加することにした。ソフトバレーボールといっても、ボール が柔らかい(ソフト)だということとルールが少し簡単になってる以外は、普通のバレーボールと同じだ。そんなの大学時代か下手すると高校時代にやったのが 最後かもしれない。妻の影響でバレーボールの形だけは頭にあるので、理想的なレシーブを目の前に浮かべつつ体を動かすもまったく動かず。笑止。一朝一夕に 上手になるわけがないとはわかっていても、体が思うように動かないのは悔しいね。太ってるだけか…。 ...全文

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デイケア 11日目

 今日はデイケアのクリスマス会に参加した。昨日買ったプレゼントをスタッフさんに渡して、午前中は会場の設営準備を手伝った。会場には病院のデイケア棟とは別棟の、作業棟の中にある遊戯室を使った。作業棟とは入院患者さんや外来の人が作業療法士の指導のもとでリハビリをする場所だ。実はデイケア棟はその建物の奥にあって、スタッフさんとしては、ソーシャルワーカー作業療法士看護士音楽療法士臨床心理士の方々が働いている場所になる。デイケア棟に通ってくる人は基本的に外来患者さん1)で、集団行動に従事してリハビリすることが適当とされている人々なのだと僕は認識している。だから、健常者がここへ来てパッと見ても、僕等が患者であるとは思わないだろう。もちろん一見して患者さんだ!とわかる人もいないではないが…。そんなことはどうでもいい。こ こにいる人たちは自分も含めて精神科医の許可のもとでデイケアのプログラムに参加しているのだから。みんな友達なのだ。クリスマス会の準備は結構手が込ん でいて、テーブル設営から音響や照明のセッティング、クリスマス・リースやキラキラした紐?をさまざまに飾り付けていた。とってもクリスマスっぽい感じで 懐かしいイメージだった。

Christmasparty

 昼食後は例によってメールチェックをしようとパソコンルームへ足を運んだ。11:30から昼食が始まるので12:00前には食べ終わってしまう。それから13:00までは空白の時間になる。スタッフさんもこの間は休憩時間2)だから、その間は本当にスパッと時空がくり抜かれた感じになる。でも僕はこの時間が好きだ。もっともこれはデイケアでパソコンに触れる唯一の時間だということもあるのだが、それ以外にも白昼夢のようなデジャヴのような奇妙な感覚がするのだ。ブログとかメールとか書いたり見たりしているから完全にリアリティがあるのだが、区切られた時間の中でしかもデイケアという限定された環境にあるにも関わらず、外宇宙との交信をしているようなネットサーフィンの感覚は、その時間と場所でしか体験することができないと思ってしまう。ましてや、使っているパソコンが二世代くらい古いから、それだけでタイムスリップ感がある。一台だけPuppyLinuxを入れちゃったが…。 ...全文

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デイケア 10日目

 今日でようやくデイケアに通い始めて10日になった。当初は独特の雰囲気に馴染めずに、何をするでもなくブラブラしたりデイケアのプログラムに参加した りしていたが、ようやく「精神科デイケア」というものの意義が、ほんの少しだけ分かったような気がしているのであった。デイケアにおける精神衛生とか保 健・健康・社会・医学的な見地はもちろん理解していない。自分はそういう意味では当事者であって利用者だから、デイケア運営サイドの考え方を知る必要はな いし、そんなことを考えるなら自分のあるべき道について考えた方が幾分かマシだろう。でも、そういうゴチャゴチャした意味のない考え方がそもそもいけない、ということもあるが。

Cotton

 そんなこんなでデイケアに参加することを精神科の担当医師に承諾してもらってはみたが、いつかはデイケアから卒業1)し なければいけないとも思う。まだ通所しはじめて10日なのにもう通所しないことを考えるのは早計だと諭されそうだが。他のデイケア施設のことは知らないの だが、自分がデイケアを利用する意義やさまざまなプログラムを通じて僕がどう変化するべきか、どうあるべきか、そして社会復帰するとはどういうことか、と いうことが何も示されないのが、何か空中に浮いているような不安定感をもって僕を包み込んでいるような気分なのだ。真綿で首も締めない、みたいな。端的にいえば目標が見えにくいということなのかもしれない。それなら自分で目標を設定してもいいのかもしれないが、今までそうして失敗してきた2)こ とを振り返ると、自分からは手も足も出せなくなるのだった。昨日妻に諭されたことがある。社会復帰は会社復帰だけじゃないということだ。もちろん現在世話 になっている会社にプログラマとして復帰するのが最高の目標なのだが、それは人生の目標の一部でしかない。あるいは考えて考えた上で本当にプログラマとい う職業に限界を感じるのであれば、別のベクトルへ方向転換するという方法もあると。なるほど、である。クビになっても仕事が変わっても現世から抹殺される ということじゃないから、もっと柔軟に考えよということなのだと思った。そうなら今は難しいことを考えずに、脳と心を休ませて(体は少し動かして)、自分 流のしなやかな精神を作り直す必要があるのかもしれないと思った。 ...全文

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デイケア 9日目

 今日のデイケア利用者は異様に少ない。スタッフさんが一人お休みしていることや外来診察があったり、年末の所用でデイケア利用ができない人も多いみたい だ。午前中のストレッチも午後のバレーや音楽のプログラムも「未定」になって、その時その場で決めることになった。つまり今日は全日フリーということ。読 書をしようと場所を探すがなかなか見つからず、結局パソコンルームに落ち着いてみた。だけどここには主(ぬし)がいて、大音量でアニソンやら80年代ス ターの曲を聞いていて困る。どうやらYouTubeで検索してストリーミングしているようなのだが、どうにかならないか?仮面ライダーとか聞いてるし…。 目の前にネットワーク越しにハッキングをかけようか?これはいい勉強になるかもね。ワームやトロイの木馬じゃぁ芸がないから、RPCとかTelnetで何 かできるといい。意地悪。そういう自分は彼等の曲を聞きたくないのでインターネットラジオでSmoothJazz関係のチャンネルをイヤホンで聞いてる。 昨日の夜はリー・リトナーとかラリー・カールトンとかボブ・ジェームスの曲をYouTubeで探して聞いたりしたが、やっぱりフュージョンはいいと思う。 アコースティックピアノからエレクトリックピアノが多用される過渡期にある曲はどれもクールの一言に尽きる。かっこいい。本当に。

Dejavu

 今日のトピックは時々頭の中に浮かぶイメージで、説明が難しい概念的なものについての覚書である。だから読んでも意味が理解できないかも知れない。言ってみれば自分がそのイメージをより具体的にする作業をそのまま書く、ということになるかな。...全文

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デイケア 8日目

Clouds

 今日も朝から気分が悪い。何が気にくわない訳でもなく、誰かが何かが気になる訳でもなく、ただ気分が悪い。なんでだろう?食事をしても薬を飲んでも気分 が晴れない。天気が曇りだったからだろうか?今日は月曜日。デイケアは休もうとも思ったのだが、自宅にいてもただじっとしているだけなので、外へ出る意味 でデイケアに来た。来たら来たでみんなでストレッチをして体を温めたりもした。でも食事になったらまた嫌な気分が戻ってきた。自分も含めて咀嚼音が耐えら れない。とても破廉恥で汚い音の様に聞こえる。他人だけでなく自分のそれも嫌なので、食べるのが億劫になることさえある。そして食後にパソコンルームで ネットに接続しているのであった。Windows98があまりにも遅いので、無断でPuppyLinuxをインストールした。遅くて制限が多すぎる環境は 精神衛生上良くないから。べつにオレ専用のパソコンという風でもないので、みんなが使うときスラスラッと使えた方がいいかと思って。 ...全文

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デイケア 7日目

 昨日のデイケア喫茶の活動はかなり疲れた。家に帰ってから夕食までは平静を保っていれたものの、テレビを見るということができずにイライラしてしまって どうしようもなくなった。2階の自室でただ呆然と静寂に佇んでいたのだが、遠くで聞こえる救急車のサイレンや隣の家で外飼いされている大型犬の鎖を引きづ る音が、頭の中でなりつづけている「ニィー」という音とともにこだまして、死のイメージがだんだんと強くなるのを感じていた。デイケア喫茶で見た病棟の患 者さんの面影が、そういう音とオーバーラップしてさらに苦痛を生みだす。夕方に見たメンタルヘルスのウェブサイトで読んだうつ病の症例も、そのほとんどが 自分に適合していることを思いだして、まだ鬱が治っていないのだ、デイケアに通所しているのはそのためなのだと、自分のポジションを確定的に見せつけてく れる。

Glory_days

 よく精神科の医師には過去の栄光にすがっているのでは?とたしなめられる1)。 確かにそうかもしれない。昔の自分にはできたことが今はできないということが事実なのだから。耳鳴りがしたりサイレンや鎖の音、病棟の患者さんの面影を思 い出すと、それが今この時にも耳に聞こえていて目の前に見えているのではないかと、記憶のフラッシュバックが起こる。昨晩は早々に眠ったのだが氷枕をして も手足を布団から出しても体が熱くてたまらず、半身を布団から出して眠るも小さな音に驚き、眠薬でウトウトするときに見る夢に驚き、そんな自分に驚いて手 足をバタバタさせて何かを呟いて叫んで、気がついたら布団の上で座っていた。午前4時少し前だった。1時間くらい動けずに寒い部屋の中で布団をかぶらずに その姿勢のままでいたが、結局デイケアに来てこのアーティクルを書いている現在まで眠っていない。カフェインを取ったことも起因しているが、それにしても 眠くならないのはおかしい。どのみちおかしいのかな…。 ...全文

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デイケア 6日目

Depressivelady

 僕は自分がうつ病になってから心の病に対する理解が深まったのだが、世の中のたくさんの人々は精神科や心の病について、その事実をほとんど知らないと思 う。知っているつもりでも、それは直接犯罪につながるような極端な例であったり、まったく根拠のない偏見や差別からみた病気の症状であることが多いのでは ないかと思う。なぜなら、それは僕がまさにそう思っていたからだ。心の病は気合が足りないか らなるんじゃないかと…。自分が3年くらい前に心療内科でうつ病を宣告されたときも、「まさか自分が…」というのが最初の印象だったし、それからしばらく しても自分がうつ病であるという認識が持てなかった。今はだいぶマシにはなったが、緊張と焦燥はあっという間に自分を飲み込んで調子が悪くなるし、希死念 慮だって完全に拭い去ることができない。死にたいという感覚より、死んでもよいという感覚が、めまいと耳鳴り(頭の中で「ニィー」って鳴ってる)の中から 湧き出てくる。馬鹿げていると自分でも思うのだが、そういう思考経路を捨て去ることができない。なにより、物事をどうやって考えたらいいかとか、コミュニ ケーションの方法とか、考えすぎて動けなかったり、逆に考えられなくて動けなかったりして、自分から自分を見ても不自然でギクシャクしていることに驚愕し てしまうのだ。むかしは他人を論破せむとする勢いがあった自分なのに、まるで牙を抜かれたように、そして抜け殻の様になって、毎日をフガフガと過ごしてい る。そう思うならそうしなければいいのだが、体と心は自分が思うように1)ついてきてくれない。 ...全文

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デイケア 5日目

 思考は入力のない出力だと言える。脳の中(心の中)で生成されてその外へ出ようとする形のない存在だ。人はそれを意識と呼ぶ。思考が起こる直前あるいは 時間の流れの中に、励起する事象がある。これを入力と考えてよいかどうかは思考の意味づけに依存すると思う。それは視覚であったり嗅覚であったり触覚で あったり、あるいは人や物との関係かもしれないし、時間と空間が作り出す雰囲気かもしれない。そういった事象が思考の励起を起こし、思考が次の思考の励起 を呼び起こす。つまり思考の連鎖、思考の遷移である。

Thought1

 思考は脳の中に収まっているだけではその存在がわからない。どんなに卑猥なことを考えようと、どんなに難しい論理を頭の中で作り出そうと、それを 取り出さない限りは神経伝達物質と血流が発生する熱、つまり無益なエントロピーでしかない。そしてエントロピーは増大する。思考を取り出すと言うことは、 それを言葉や図形や音楽などの二次媒体にコピーするということに他ならないのではないか?一般的な考え方からすれば、別の媒体に情報を移動・複写すると一 定の損失が発生してしまう。これはデジタルデータでも同じことだ。一度デジタルデータになればその情報自体は普遍的なものとなる。だが、一時情報と完全に 一致するのだろうか?例えば音楽は44KHz16bitステレオという離散データ列で記録される。人間の可聴周波数や心理学的効果などを考慮すれば帯域や 分解能は問題ないかもしれない。でもオリジナルとは別物だ。これは思考に関しても同じことが言えるのではないか?  ...記事全文

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デイケア 4日目

 昨日からデイケアのことを考えて緊張していたのか、あんまり眠れなかった。布団に入るときに愛犬が潜り込んできたが、その後深夜に足元へ移動してまるまっていた。そのせいもあって眠る姿勢が不自然だったことも健やかな眠りを損なう原因かもしれない。そう考えつつはな(愛犬)もかわいいのでついつい布団に招き入れてしまう。もう親バカ丸出しだ。

Corgiandflower

 明日は外来診察日である。ちょうど自立支援法の申請期間が来年の1月末で失効するため、その申請をするための診断書を書いてもらおうと思っていた。それ に合わせて、デイケアでソーシャルワーカーのスタッフさんに教えてもらった精神障害者手帳についても申請を考えようと思っている。だが、障害者手帳と聞く とちょっと引いてしまう。「精神障害=キチガイ」というとんでもない勘違いが社会に流布していることもあって、自分が障害者手帳の受給者になるということ に抵抗があるからである。その一方でこうして精神科を受信しデイケアに参加しているということは、社会的に精神が病んだ状態であると認められている、とも 考えられる。いやいや、実際に自立支援手帳も持っているのだから、予想ではなく事実だと考えた方がいいだろう。これは自分がうつ病なのだという自覚が、事 実であるということと、まさか自分が…という意識の葛藤によって構築されている意識なのだということに似ている。実際問題として僕は今の状態では仕事はお ろかコンピュータ関係の勉強がロクにできない。見てくれは普通っぽいし、何となく小難しいことを考えているように見えるかもしれないが、脳ミソの中では同 じことをグルグルと考えていたり、事象の根拠や理由を求めて必要のない追求を繰り返しているのであった。今こうしてデイケア日記を書いているけれど、これ は思い浮かぶことをただダラダラ書き綴っているのであり、コンテキストの一貫性とか接続詞とか文節の構成がメチャクチャだ。それは自分でも分かっている。 分かっているけど、早く書かないと思考が入力を追い越してしまう。そうなったら意味がないと思うから。 ...記事全文

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この本、実は有名なのかな?

 Amazon.co.jpのウェブサイトをブラブラしていたら面白い本を見つけた。以前に購入したりチェックした書籍からサジェストされる例の機能でプッシュされるブックマーケティングにまんまと絡め取られたわけだが、実はこの本(というか池谷裕二さ ん)は有名な本なのではないだろうか?つまり僕が知らなかっただけだ。そういう本はこの世に一生かけても読みきれないほどあると思うが、それ以外の本(つ まり読むに値しない本や、読む必要がない、興味がない本など)の中からチョイスすることって、実はとっても難しいんじゃないかと思った。インターネットと エレクトリックコマース、それらをバックエンドで支えるデータベースやウェブサーバーのテクノロジのおかげで、数語のキーワードやユーザーのユニーク情報 (閲覧や購入の履歴)から次に思考・嗜好するはずのアイテムを選び出すということが、実は神にも近い技なのかもしれないと気づかされることがある。 ...記事全文

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極めてロジカルな問題

 精神科デイケアに通うことになった先週末は、緊張の連続であっという間に時間が過ぎて行った気がする。土曜日と日曜日はそれまで一日中噛り付いていたパソコンを触りたくてしょうがないという反動で、ネットサーフィンに没頭してしまっている。やっぱり少し無理をしてもデイケアに通ってこういう生活から脱しなければ自分は変わらないと思った。妻曰く、自分から変わろうと思っても変われるものではなく、変わったあとでそのことに気がつくものだと いう。確かにそれも言い得ていると思う。だがしかし鶏卵問題のようでもあると思ってしまうのは間違っているのか?変わろうとしたから変わったとも言える し、誰かに変えられたから変わったのかもしれない。どちらにしても変化の切欠を作った張本人は自分なのであり、そこから受動的・能動的な作用で自分が変 わったこのなら、それは自分から変わったと言い換えられるんじゃないかと思うんだな。どうでもいいか…。でもこれって極めてロジカルな定義の演繹の問題なんじゃないかと思う。

Softvolleyball

 デイケアは会社に通勤することを想定して週5日(月~金)通おうと思っている。もちろんストレスが蓄積されているという自覚もあるので、あまりに厳しい状態になったら休息をして、ふたたび自分に負荷をかけることを繰り返すのだ。音楽を聴くのもいいし、読書するのもいい。デイケアのソフトバレーボールに参加するのも運動になるし、程よい緊張とストレスの発散になっていいと思う。38才にして人生の修行をする時間ができたことを感謝しなければいけないかも。 ...編集日記

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デイケア 3日目

 今日は昨日にも増して眠りの浅い朝だった。ハルシオンのおかげで”緩やかな眠り”に落ち入ることができるものの、頻繁に目が覚めたり何かに急かされるような夢を見たりして、長く深い眠りを得ることができなかった。微かに頭が重く熱く痛いような気もしたのだが。

 午前中はミーティング後に掃除をしていたら、プログラム(デイケア活動のこと。スタッフさんはそう呼んでいた、ように思う。)で作るお菓子やお茶の材料 を買出しするチームに誘われた。場所は病院から少し歩いたところにあるジャスコである。ここは結婚前にはよく利用していたし、今でも時々買い物にくるの で、まさかこういう形で買い物に来るとは思わなかった。なんだか不思議な感覚だった。一緒に買い物にいった人たちがどういう病気なのかはよくわからない。 もちろん精神科単科の病院のデイケアだから、うつ病かも知れないし統合失調症かも知れないし、その他の心の病なのかも知れない。それでも意志の疎通を普通 にとることができたし、極端に積極的あるいは消極的でもなかったから、症状が比較的良い人ということなのだろうか?じゃぁ、自分はどうなの?って言われそ うだけど。買い物から帰って収納庫へ搬入し終わったら、汗びっしょりだった。寒いのに俺だけ。なんか変だ。風邪ひかないように着替えを持っていてよかった と思う。

 食事まで少し時間があったので音楽室から聞こえるピアノの音を聞きに行ってみたら、あまりおしゃべりは得意じゃない女性が、つっかえつっかえ、そ れでもピアノ講師にレッスンを受けたと思われるくらい上手に弾いていた。ピアノ演奏を生で聞くことってあんまり無いから、食事の時間まで小さなリサイタル を聞いていることにした。

Crosshigjwayroads

 食事は11:30からなので12時からの1時間は昼休みになる。デイケアでパソコンルームに入り浸るのは絶対に割けたいが、かといって完全にネッ トから離れるのは足がブラブラするジェットコースターに乗っているみたいなものだ。昼休みだけはメールやニュースフィード、ツイッターなどをチェックして 過ごした。だが、使えるパソコンのスペックが旧世代なのがいただけない。Puppyもストールすることがあるので、何とか考えなければ。昼休みにストレス (しかも相手がパソコン)貯めてたらバカだし。

 午後も音楽クラスで過ごした。デイケアの利用者さんが持ち寄ったりしたCDやテープを聞きながら、音楽に関係した雑談などをして過ごした。そのあ とでベルを使った簡単な演奏をみんなでしたりした。最初は子供だましだなぁ何て思ってしまったけれど、これが非常に緊張してうまくテンポがとれないのだ! 協調作業というのだろうか?自分の出すべき音のタイミングとかリズムとか考えていると、焦って焦って体がうまく動かなくなるよ。笑うしかない。ハハハ…。

 デイケアの3日間が終わって、なんとなく雰囲気が分かってきた。来週からはクリスマス会など活発な活動が続くと思う。自分の積極性をどこまで試して元に戻せるか、頑張ってみないといけない。あ、そういえば来週は診察もあった。血も抜かれるかな? ...デイケア日記

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デイケア 2日目

 二日目のデイケアが終わった。今日は昨日よりも強く緊張することはなかったが、6時間の中で5時間くらいは緊張と不安で一杯だった、というのが正直なところだった。

 今日の主な活動は「喫茶室」の準備と実際の注文・給仕をすることだった。僕はまだ参加したばかりなので、紅茶とクッキーを注文して人の流れを見ていた り、自分はこれからどうすべきなのかとか、そんなことを考えたりしていた。今日の最大の成果はパソコンルームからインターネットにダイブすることができた ことだ。3台くらい起動してみたけど、ハードディスクの容量はともかく1)、 メモリも256MBしかなかったりして、これは致命的だった。デスクトップの陰に隠れていたNECのLaVieL500/5があったので、これを拝借して ネットワークに侵入したのだった。こういうときデスクトップよりノート型のパソコンは助かることが多い。ペリフェラルが自己完結的に完備しているし、バッ テリーというUPSがあるから。しかもLaVieシリーズは以前に自分でも数台所有していたから、使い勝手を知っているというのも幸いだった。実際のダイ ブとネット上のデータ更新はTumblrのタイムラインを追ってもらえばわかると思う。

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 デイケアでパソコンが使えるということは自分の逃げ場ができたともいえる。だけどなぜデイケアで集団活動しようとしているのか、自分の意思がぼやけてし まう。だから、ときどきメールとかフィード、あるいはツイッターのアップデートを確認するくらいにしなければならないと自分に言い聞かせることにした。実 際、見学の時にはいなかったがパソコンルームの主的な存在の人物もいて、スタッフからやさしく注意されてもいた。少し前の自分を見ているようだ。そういう雰囲気に陥らないためには、スタッフの方々をうまく利用して2)デイケアを成功させなければならない。

 あまり最初から構えると続かないかな?ひとまずは「あの空気、あの空間」に慣れることから始めればいいでしょ。あ、それと統合失調症に関する自分の知識の少なさと誤解があることがわかった。これは申し訳なく思っている。すこし勉強しなければ…。 ...デイケア日記

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デイケア 1日目

 9時集合15時解散の病院内にあるデイケア棟での集団訓練が始まった。自分の心に閉じこもって社会から離れていた分、多くの人々の中で過ごす時間は何ともいえず苦しかった。が、無我夢中だったし緊張していたこともあり、あっという間に時間は過ぎてしまったようにも思える。どちらにしても記憶の連続性がない。キーフレームとなる事象や言われたこと、集団行動の規則など、覚えているつもりのことと明日になって本当に思い出せることの区別がつかないでいる。そんなことは普通の人(って誰だ?)でも同じと思うかもしれないが、僕にとっては緊張と焦燥につながる記憶の鍵だから。

 この日記は短くても毎日書いて更新していこうと思う。デイケアが必要なくなっても通院が残る。通院しながら本当の社会に復帰して仕事をしてお給料をもらって生活していかなければならない。後退するのは簡単だし人生を諦めたり中断することも容易だと思うけど、できれば戦線離脱しないで再び最前線で戦いたいものだから。自分は少なくともそう思うし、そう願っている。...うつ病記

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