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鬱病(39) 寝間の戯言/薬→心

 現在の自分の状況だが、言わずもがな休職状態である。と言いつつ社則的な立場は実はよく分かっていないのが本音のところで、おかげさまでまだ雇ってくれているというのが事実だし、自分だって早く職場への再復帰をしたいと思っているのだ。家族の理解も得られているし1)、定期的に精神科(と 内科)の診察を受けて、投薬治療と生活や考え方についての指導を受けている、というのが事実なのだ。そんな毎日の生活は単調で規則正しい。生活リズムの管 理については、睡眠時間や三度の食事、外出や運動、雑事などその多くは妻に依るところがとても大きい。つい先日まで食欲が大きく減退したこともあって、メ タボリック・シンドローム気味の体が若干痩せ始めていたのも、こうした地道な生活指導とその実践の成果だと思う。ありがとう、奥さん。先日の診察で以前飲 んでていたテトラミドが就寝前2錠処方された。休職するようになって睡眠時間が4時間くらいになったからだ。夜中に目が覚めて眠れなくなったりするし、午前も午後も混乱することが多くなっていた。そのテトラミドを飲み始めたらいきなり熟睡できるようになり、おまけに旺盛な食欲がついてきたのだった。

Programmers

 「単調で規則正しい生活」というのは一見すると面白くない毎日のように思ってしまう。実際自分はそう思っている(っていた?)。時間を忘れて自分の興味の趣(おもむ)くままにゲームやネットサーフィン創作活動破壊活動(?)をして夜が明ける感覚たるや、体験しないことには語れないような、えもいわれぬ快感や陶酔があることは認めざるを得ない。(いわゆる、ハイになるというやつか…。)自分がまだ20代だった頃はゲームプログラマと して精神と肉体を酷使できていた。デバッグ作業で満身創痍になりながら気合十分のプログラマがひとり、半徹夜状態でコーディング作業を黙々と続けながら、 ジャンキーな食事やスナックを摘まみつつ仲間と苦難を共有する喜びは、一種の麻薬というか不思議体験だった。擬似的な精神感応のような意思の共感覚が存在 していたのだ。その頃から一昔(ひとむかし)が経過したが、自分と同じ世代も含めて10代、20代のネットワークで彷徨(さまよ)う人々をみていると、過去の自分を見ているようで少し怖くなる。当時と違って現在はテクノロジーが大きく進歩したことで、ネットワーク文化が混沌としすぎて現実と仮想の区別がなくなってしまった。あるいは「区別」という言葉は適さなかったのかもしれない。だからネット文化も現実であると考えればその「垣根」がなくなったと言えるのかもしれない。一方で鬱病(抑鬱の方)の人引きこもりの人というのは同じグループに属している確立が高いんじゃないだろうか?引きこもりの人は仮想世界に自分の活路を見出していることが多いように思う。そういう点で精神的に不健全な人々の輪がネットワークで公然と発展していて、互いの傷を舐めあう様(=毒を吐きあう様)はあまり見ていて楽しいものではない。かくいう自分もその世界に片足を突っ込んでいると言えなくもないが、なるべくそういう存在から距離を置くように注意しているのだ。だから「単調で規則正しい生活」というのは、そんな自分に対する足枷(あしかせ)の意味でもある。先走らないよう速度を抑える、あるいは洞窟から外へ出ないように繋ぎ止めておくための足枷が、自分には必要なのだと思っている。

Netgamers

 ところで、今回のような長期間の休職は二度目なのである。最初の休職は自分が鬱病になってしまったことのショックや体調不良、意欲喪失と不安と焦燥、希死念慮などに恐れおののいていた毎日であった。そういった状態は少しずつ薄れてやがて職場復帰できたわけだが、それでもいきなり半年ほど会社を休んだことになる。《→ひどいよね》  今回の休職は治療途中での燃え尽き症候群的な意欲喪失と体調不良で出社不能になってしまったことが思い出される。ちょうど自分がやっていたプロジェクト の区切りで、設計した基板の注文や部品手配が完了して気が緩んだんだと思う。その次の日から突然体調が悪くなり、会社を休んでしまった最初の2~3日は、 この休息だけで出社(復帰)できると思っていた。つまりこれ以上悪くなることはないと勝手に思い込んでいた。でも実際は違っていた。意欲はさらに無くなっ て無気力となり、得たいの知れない焦燥感とガンガンする頭痛の毎日で、誰かに助けを求めたい感じだった。でも誰に助けを求めればいい?妻か?親か?弟か? 本当はみんなに助けを求めて、話を聞いてくれさえしてもらえればそれで少しは楽になれるのかもしれない。でも、自分を構成するアイデンティティの中にある 羞恥心やプライドやエゴイズムという無価値なものが、他者へ助けを求めることを阻んでいたのやも知れない。もっと方のチカラを抜いて楽に考えて、楽に動け ばいいと思うんだけど、そうしようとすればするほどギクシャクして心も体もブリキのオモチャみたいになってしまうのだ。

Badmemoriespill

 思い起こせば今回自分が休職するようになったのは、服用している薬が減ってきたのと、プロジェクトの区切りがついたこととがほとんど同じタイミングだった。再び処方されたテトラミドが、当時は午前中に眠くて仕事ができないという理由で減らしたのだった。テトラミドを飲んでいる期間はとにかく食欲旺盛で、このままでは体重がヤバイ領域に到達するという危機感すらあったのだ。テトラミドを飲まなくなったら眠くなくなったので少し楽になった。そういえば食欲がガクッとなくなって気が付けば5kg以上体重が減った。(といってもまだ肥満指数だけどね。)再びテトラミドを服用するようになって戻ってきた十分な睡眠と旺盛な食欲、そして無から湧き出る「やる気」が不気味だ。そう考えるとテトラミドで食欲と睡眠と「やる気」を維持していたとも言えるのだろう。今ならはっきりわかってしまう薬の怖さとは、やはり薬が心に届くのだという自分の愚問を肯定する証拠になり得てしまったように思えてならない。テトラミドがそのことを証明してくれた。いつの頃からだろう。こんなに面倒な思考回路が自分の頭に形成されたのは? 特別に頭が良いというわけでもないし、かといって頭が悪いということもなかろうが、コンピュータの世界にはまりこんだ時から、この世界の持つパラレルワールドに 足を踏み入れていたことに気が付かないでいたからかもしれない。俗物的なようでこう書くのはちょっと嫌だが、コンピュータの世界について追求しようとする 探究心が強いほど、諸刃の剣となって心を歪めてしまうのではないだろうか?論理の世界、データ構造とアルゴリズム、回路理論やプログラミングなどなど、そ の技術の真髄に触れようと努力すると、心から人間らしい「何か」が削がれてしまうのではないか?もちろんすべての人がそうなる訳ではないだろうが、黒魔術2)に魅了された魔女の ように、使う魔法が強力なほど心を蝕み、複雑なほど心を捻じ曲げる、そんな力があるように思えてならない。これはコンピュータ以外にも言えるのだろうか? 少なくともコンピュータは自然科学の数理に従って完璧に動作するが、一方で人間が作り出したテクノロジに過ぎないのだが。意味喪失。 ...うつ病記

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