« Amazonプラグインが復活 | トップページ | ニコッとタウンに仮入居 »

鬱病(38) 考えられない自分、考えすぎている自分

Bronzeman  仕事もせずに家の中でただただ悶々と暮らす日々が続いている。体調が良い時にはこうしてパソコンやPDAに向かって情報収集や日記みたいなことを書いた りしている。あるいは(ほとんど頭に入らないのだが)あてもなく本を読み漁っていたりもする。しかしながら、最近の毎日は夜に四時間ほどの睡眠で目が覚め てしまい1)、 お香を焚いたりして瞑想しながら明け方まで朦朧としながら過ごすことも多い。日中も午前だけでなく午後にも意識の混乱や手足の緊張、動悸、頭痛でバタバタ とのたうちまわって、そのうち意識が飛んで眠ってしまうことがある。それでも無理矢理に何かの作業(家事とか趣味とか)を始めれば何とかなることは分かっ てきた。夜はデパス(精神安定剤)の効果があるのか、比較的調子が良いことが多い。テレビはほとんど見なくなり、NHKニュース以外は見なくなった。民放 は低俗で下品で破廉恥で商業的過ぎて見るに耐えないからだ。まだラジオの方が情報を絞り込んでいるだけ良い。その代わり読まなくなっていた新聞に目を通す 様になった。それと相変わらず食欲がないのが困る。胃の中は空っぽなのは分かるのだが、何故かまったくお腹が空かない。食も細くなっているので、この2ヶ 月で5キロ以上は確実に体重が落ちたようだ。2)別 にダイエットしているとか意図している訳じゃないのだが…。もちろん本当に一日中家の中にいるわけではなく、調子が良ければ朝に犬の散歩を兼ねて小一時間 ほど近所を歩いたりするし、先日は庭の草取りをして汗を流してみた。(まだ全然草取りが終わる気配がないが。)買い物の荷物持ちで妻に連れられてスーパー へ行ったりもする。あまりひどい人混みの中に行くと、どうやら自分は体調を崩す(しかも急速に)ことが分かってきたので、そういう状況にならないように気 を付けてもいる。これって広場恐怖症みたいなものなのかな?そんなだから遠出するのもちょっと気が引けているのだ。

Beyondthebarrier  精神科の先生からは「無理をせず(家族は無理をさせず)に、本人がやりたいことだけをやるように。ただし自殺以外ね。」というふうに指導された。そうい えば以前から「自分のやりたいこと」はとてもたくさんあった気がする。電子工作やプログラミングに関することだけでなく、調べものとか読書とか実験とか、 とにかくいろいろあったはずだ。だけど「それ」をやってみたらと言われているにもかかわらず、実際には何も手につかない自分がいるのが不思議だし残念だし 不安になってくる。なんで何もできないかと言うと、その答えは至極単純で「考えがまとまらないから」なのである。まず何をやりたいのかがまとまらない。仮 にその中からひとつ選んでも、何をどうやるべきなのかがまとめられない。べつにまとめる必要はないんじゃないかと思うかもしれないが、人間はある行動を行 おうとするときは、その目的を達成するための行動プロセスについて道筋を考えなければならないはずだから。これは人によって程度はことなるだろうが、場面 毎にそのときの状態を判断して情報を統合し次の作業へ移行していくという処理は、体調を崩してそれがままならなくなった時にとても複雑で困難な動作なのだ と気付く。こういう言葉にすると面倒なことを、人間は驚異的な曖昧さと経験や憶測で裏打ちされた直感によって切り抜けているんだと思う。病気自慢はコリゴ リだけど、どうも心の病はそういう普通の思考回路を狂わされるためか、簡単なことがひどく複雑に感じられるし、以前なら容易くこなしていた行動ができなく なるということで、自分自身にとても失望させられる。

Lightface  そういえば鬱病患者に対して激励の言葉をかけることはタブーだということは一般に言われていることだ。その理由は本人は十分に頑張っているのにさ らに他人から「頑張れ!」と言われても、それ以上頑張りようがなくて自分を追い詰めてしまうから。実際には症状に応じて臨機応変に負荷をかけるのは問題な いと思う。(いや、まずいか?)先日の中川元代議士の変死は、睡眠薬やノイローゼ様から察するにかなり精神的に追い詰められていたことがうかがえるのでは ないか?事の顛末がどうであれ、政治家というのは重責を担う職種なんだなぁと考えさせられる。自分はといえば平凡なプログラマなのは勿論なのだが、それで も何故か上昇志向だけは強いつもりだ。これはもしかすると、大学時代からゲームプログラマ時代にかけて心に宿った「自負」みたいなものがそうさせているの かもしれない。窮地に立っても土壇場で何とかなってきた自分が、年を取ってそうはうまくいかなくなった(=頑張りが効かなくなった)という、ある種の ギャップが生まれてきて、それが少しずつ大きくなってきている。もしかすると別の努力の仕方でそのギャップを埋めることができるのかもしれない、とも思うけど。

 そんな風に考えたところで症状が良くなるのかは分からない。でも薬を飲んだり散歩しているだけでよくなるとも考えにくい。じゃぁどうすればいいのか?一応これでもいろいろ考えて試行錯誤しながら頑張っているのだけれど…。  ...うつ病記

|

« Amazonプラグインが復活 | トップページ | ニコッとタウンに仮入居 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/189978/46409932

この記事へのトラックバック一覧です: 鬱病(38) 考えられない自分、考えすぎている自分:

« Amazonプラグインが復活 | トップページ | ニコッとタウンに仮入居 »