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鬱病(37) 理由なき不安の隔離

Ssrisnri

 薬の効果が出てきたのか、それとも休養しているからなのか、心の中から不安や焦燥といった気持ちが薄らいでいる気がする。自分が服用しているデプロメールトレドミンといった第三世代の抗うつ薬は、SSRI1)SNRI2)と呼ばれるセロトニンノルアドレナリンに関係する神経にだけ作用する点で副作用が少ない薬と言われている。だからと言って必ずしも旧世代の薬と比べて効果が高いというわけではないようだが(対照実験では同率くらい)、自分にはSSRIが合っているような気がするのだ。最初はジェイゾロフトパキシルも使ったけど、上に挙げた薬とリーマスなどとのバランスがいいみたい。(他の薬も飲んでるけどね。)

 以前に書いた記事では「薬は心に作用するのか?」みたいなことを書いたが、薬が増えてその効用を実感すると「あっ、不安な気持ちが消えてる!」と思えてくる。だけどこれはちょっとおかしい。普通は不安や焦燥が解消するにはその原因が取り除かれたり、自分の中で何らかの納得や妥協が成立しないといけないからだ。薬を飲んだだけで不安な気持ちから解放されるというのは、その状態だけ見れば覚醒剤とあまり変わらないのではないだろうか?実際のところ世間で騒がれているMDMA3)なる合成麻薬はアメリカ軍兵士のPTSD4)を治療するために使用されたとも言われている。その効果はセロトニンの分泌を促すというものらしい。セロトニンが増えると人間は幸福を感じる(つまり不安がなくなる)というロジックは、セロトニンの再取得を阻害するというSSRIと機能的にはあまり変わらない。もっとも、麻酔科で使うモルヒネだって覚醒剤の親戚だから、そういう意味では薬も麻薬もどちらも「薬」なのだということか。

Morohoshidaijiro

 それはさておき、理由なき不安の解消は実に不思議な気持ちだ。これは諸星大二郎の 短編漫画集のなかに似たようなストーリーがあった。題名は忘れてしまったのだが、それは遠い未来の話で、宇宙戦争で家族を失って絶望した青年が、ある惑星 に難民として漂着するところから始まっていた。その惑星には不思議な装置があり、心を感情と論理に分離できるのだった。論理は心に残るが感情は体外に図形 として表されることになる。(感情によって図形は異なり、その強さによって大きさが異なる。それがどういう仕組みかは漫画なので気にしない。)その青年は 大きな絶望や孤独という気持ちから解放されるのだが、心の空虚感を埋めることはできないという話だった様に記憶している。つまりこの青年もその装置によっ て理由なき絶望の解消をしたのだが、心が平安になっても置かれている立場や思想は変わらないから、論理的な証拠を求めて流浪するのである。

 もちろん自分は流浪するつもりはないけれど、不安や焦燥から少しずつ解放されていることを実感するにつれ、なぜ自分はこの病気で苦しんでいるのか すらよく分からなくなってくる。薬の副作用で判断力が落ちたり始終ボーッとしているせいもあるが、自分を押し込める原因が果たして何だったのかがよく思い 出せないのである。それにも関わらず、不安や焦燥といった気持ちは厳然と存在していて、そして少しずつ薄らいでいく。それと同時に日内変動で午前中は朦朧 としたり混乱したり、頭痛や興奮などで苦悶してしまう自分もいる。それにしたって明白なストレスの理由がよく分からなくなっている。これもすべて薬の作用 と副作用と考えれば納得せざるを得ないのだが。ちょっと休息して頭を冷やした方がいいみたいだ。...うつ病記

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コメント

デプロメールってなに?

投稿: BlogPetのはな | 2009/08/27 14:03

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