« PHPフレームワークが面白い | トップページ | WebSphere sMash でスマッシュ! »

僕と君のパーソナリティー、その今昔

Communication  人間の個性というものは、それぞれの生い立ちや取り巻いてきた環境(家族や友人、同僚や師弟関係)、本人と本人に影響を及ぼしてきた思想や社会的地位と役割、身体的・精神的な差異および特徴など、様々な要因によって形成されている。時間と共に取り巻く環境(タイム・シフト・アンビエンスと呼ぼう)は変化し、それらに基づいて「個性」が修正されていくのだと考えた時、個性というものはとても柔軟に変化するのだということが想像できる。このことはあくまで仮説であるが、だがしかし自分のそれを振り返ったとき、その通りなのだと気付くことができる。なるほど、柔軟が故に人間は過去を懐かしむことができるのだし、失敗も悲しみも別の記憶へと昇華させることができるのだろう。忘却すら個性を形成するひとつの手段であると言えるのかもしれない。また自分にとって都合がいい行動も、見方によってはその人物の個性であるが、社会に影響を及ぼすとなると、それは個人の枠の中には収めることができていないのだから、そうなると社会の側から援助なり抑制なりという力を貸さなければならない。

 人間は誰かと会話しようとするとき、相手のパーソナリティーを念頭に置いて言葉を選んだり、聞いたことを解釈しているのだと思う。ここで言うパーソナリティーとは、個性の様々な見方を指す。何故そんな面倒なことを言うのかというと、個性は自分自身の中にだけ存在していて、他人がそのすべてを覗き見て理解することは不可能だからである。まして、自身でも自分の個性について悩んだりするのだから、言うに及ばずである。パーソナリティーという言葉で表したい本当の意味とは、立場に依存した個性の解釈なのである。

 自分自身の個性は、思い込みや信念といった名を借りて、解釈することができる。前述した通り、タイム・シフト・アンビエンスに大きく依存しながら、そして自分の意図にかかわらずその影響を受けて、パーソナリティーが形成されていく。その意味では、自分自身で把握できる自分の個性は何パーセント位なのだろうか?もちろん100パーセントにはなりえない。なぜなら深層心理に刻まれる記憶もあるし、思考は得てして自分の都合のいいように(楽観的あるいは悲観的に、その気分や状況に応じて)自分の個性を解釈してしまうからだ。逆に言えば、だからこそ人間の個性や感情の表現は多様なのであり興味深いのだと言えるだろう。パーソナリティーとはまさにその現象で、本来持っている(完全に自覚することが困難な)個性の表向きの行動なのだ。

 そう考えたとき、他人の個性を理解するということが、とても複雑で困難な作業なのだということは、想像するに難しくないだろう。他人のパーソナリティーは、そのパーソナリティーを解釈する側のパーソナリティーとも大きく関わるだけに、その伝導率が極めて悪く、そして誤って解釈する確率も飛躍的に高くなる。
 簡単な例を示そう。ある人が何かちょっとだけ非常識なことをしてしまったとする。後で本人もその事に気が付いたが、さして迷惑もかけていないし、今となってはどうしようもないと思い、その事を忘れてしまったとする。しかし、別の人(その"ある人"を知っている人)が、その人の行動の一部始終を見てしまった。この人は(自分のマナーや常識観念は別にして)その人の行動がどうにも腑に落ちず、悩み、どうしてそんなことをしたのかと考え、最後には「あの人は非常識な人だなぁ。」と結論付けてしまった!こうなると、この二人が出会って会話しても、一方は普段通りにしているつもりでも、他方は「非常識な人だ」という色眼鏡で見るのだから、あまり面白くない。そのうち「ある人」の噂広まることだってある。別段悪い人でなくても、である。

Factories  日本人というものは、とかく暗黙的なパーソナリティーというものに依存し、また尊重してきた節もある。武士道もそうだと思うし、「不言実行」なんて言葉があるが全くいい例であろう。(もちろん「不言実行」はおろか「有言実行」できる人はすばらしいのだが。)これは武家社会や戦前の天皇崇拝にみる社会体制がそうさせているのだろうか?多くを語らず、ただ黙々と仕事をこなし、家族を養いっていく。そんな中で、互いのパーソナリティーを肌で感じて、心と心でその確認をすることが容易だったに違いない。
 だがしかし、戦後の日本は敗戦国になったこともあり、GHQの統治下でそれまでの日本の社会制度がリストラクチャされてしまった。その中で、日本人の心に刻み込まれていた考え方には大きな矛盾が生じて、高度経済成長で劇的に変化する社会や生活が追い撃ちをかけている様に思える。ただ一方で、文明や文化のパラダイム・シフトには、こういった精神論の衰退や興隆が問題になるのは、付き物であるのかもしれない。鬱病や自殺者が増加すること、少子化・高齢化、経済問題などなど、パーソナリティに影響を及ぼす因子は増加し、そのパーソナリティに影響される精神の揺れ幅は増加する一方である。

 まとまりがない話題になってしまったが、つまりは、人間同士が本当にお互いを理解することはとても難しくなっているんじゃないか?ということだ。あるいは、理解するということそのものに、意味がなくなりつつあるのかもしれない…。

|

« PHPフレームワークが面白い | トップページ | WebSphere sMash でスマッシュ! »

心と体」カテゴリの記事

コメント

人間同士が本当にお互いを理解することはとても難しくなっているんじゃないか?理解するということそのものに、意味がなくなりつつあるのかもしれない…。同感です。私は抑うつ神経症と診断され1年になりますが今鬱状態です。何がなんだかさっぱり分からず医師にもうまく伝えられません。カウンセリングの先生と主治医の考えに違いがあり主治医との意思疎通ができません。薬は睡眠薬のみですが、最近薬に頼りたくなります。でも意思疎通ができないのでどんな薬になるのかとても不安です。仕事は派遣で独り暮らし。家族にも理解されず悲しいです。親の援助と僅かな収入で暮らしていますが援助も8月でいったん終了で又援助をお願いするのがとても気が重い。これもストレスです。自分が何者なのか掴めません。

投稿: moon | 2008/08/18 11:39

 moonさんこんにちわ。あなたの気持ち、痛いほど分かります。っていうのがそもそも嘘っぽい(笑)のですが、心の病気で悩むことがどんなに苦しいのか、自分もその渦中の人間なので少しだけ理解しているつもりです。自分も心療内科や精神科の先生との意思疎通には苦労しましたし、現在でもそうです。メモにまとめてそのまま先生に突き出したこともあります。マインドマップみたいなものを描いて、自分の心を落ち着かせたこともありました。幸い自分の場合には常に妻が僕の病状を客観的に先生に伝えてくれたので、少しはまともだったかもしれません。
 薬に頼りたくなる気持ちは、僕も同じです。シートでもらったハルシオンを一気飲みする衝動に駆られたこともあります。自分の場合はストレスが増してくると緊張性の頭痛がするので、ランドセンやカロナールは手放すことができません。でもいつか手放さなくてはならない日が来るはず…。(もちろんSSRIやSNRIも)そう信じるしかないかなぁと思っています。この病気の諸先輩方の記録を拝見しても、勝手に薬や治療を止めても何の徳にもならないようですね。薬に溺れるのは良くないですけど、薬で何とか改善するのでは?と考えているのであれば、それもまた一考なんじゃないでしょうか?
 家族や職場の理解については、心の病気では最も重要なんではないかと思います。あまり悲観しちゃだめです!自分は仏陀でもなんでもないですけど、ヒトて意外と見てないときは見てない(関心を持ってない)し、そうかと思うと期待以上に思っていてくれたりするもの。結局は自分の受け止め方次第ってこともあります。だから、薬や診察、家族、仕事、…いろいろありますが、結局良くならなければならないのは自分自身なのですから、思いっきり悩んで抗ってみたらどうでしょうか?何にもできないですけど、応援しますよgood

投稿: Daisukeh | 2008/08/18 12:42

返信に感謝します!涙が出そうになりました。今日は午後から病院です。今はだいぶ落ち着いています。けっきょく自分自身の心の問題で考え方とかの偏りの問題なのだと感じてはいます。もっと自分を取り戻して何があっても大丈夫だと自信をつけたいのです。カウンセリングは続けるつもりです。ただ主治医の診察はわずか5分で終わってしまうので焦ってしまいます。どんなふうに伝えたらいいのか分らなくて・・主治医は「あなたの病気は薬では治らない」と断言されています。私は病気という病気じゃないとか一応病名はつけるけどあなたは真人間だから!といわれています。薬を飲む事に抵抗はありますが、そうもいっていられなくなるので今日の診察はとても緊張します。仕事は上司に本当の事を伝えて経過をみるため休んでいます。カウンセリングの先生は女性でとても理解があります。彼女に「あなたは残念な事に元気に見えるからあなたの気持はなかなか理解してもらえないのが悲しいね」と言ってくれました。はたから見れば私はとても元気がよくみえるし、人にも元気そうだねとよくいわれます。今まで生きてきて元気にふるまう癖みたいなのがしみついているし、苦しい時は人にも逢いたくなくなります。私は人にどう思われるかを凄く気にするタイプなんだと気付いたので、どう思われたっていいや!と素の自分でいられたら楽になるのかもしれません。

投稿: moon | 2008/08/19 10:58

moonさん、こんにちわ。僕の拙い考えが少しでも参考になってうれしいです。

 診察についての僕の経験を話します。僕は最初の一年間、心療内科にかかっていたのですが、やはり診察時間は5分程度の問診だけでした。心の病の治療とはそんなものかと思っていましたが、2週間間隔で5分の問診(しかも予約なしで待たされて)というのは、やっぱり不安がありました。その時の診察で体調や不安な気持ちを話しただけで、抗鬱薬や睡眠薬や安定剤がたくさん処方される訳ですから、逆に「嘘」をついたらどうなるんだろう、睡眠薬をもっと沢山もらえるんじゃないか、などと薬に対して悶々としていた時期もあります。(抗鬱薬の効果は数週間しないと判らなかったので。)問診の内容はまずこちらの話を聞いてから、最後に統計的な病気に関する情報(何割の人が病気になって、この薬が効いて、どのくらいで良くなる、とか)を説明してくれるだけでした。だから、他にカウンセラーか臨床心理士のいる病院に転院することを考えていました。

 その後セカンドオピニオンを受けてみようという妻の勧めで、地元の精神科専門の国立病院に紹介状を書いてもらいました。現在はそこに3週間おきに診察に行っています。(精神科専門の外来って、変な人がたくさんいて面白いですよ。あ、自分もその一人か…。)でも、診察の内容はあまり変わりませんでした。血液検査とかMRIとか、フィジカルな診察はしてもらいましたが、心の病がそれで解き明かされるわけもなく、脳ミソには異常がない、薬は問題なく効いていると、そんな答えが返ってくるだけです。

 でも、それでいいのかなぁとも思いました。このブログの内容にも書いたとおり、人の心の中なんてそんなに簡単に判るわけがないですもの。一日中一緒にいる家族ならいざ知らず、日に何人もの変人(=患者、失礼!)を診ている先生からしたら、データ上でしか心の片鱗を覗くことができないのだと思います。仕方がないのかなぁ。いままで二人の先生(心療内科と精神科)に診てもらっている訳ですが、二人とも似たり寄ったりなのです。(しかも精神科の先生は院長なんです!)だから、あまり不安に思うことはありません。っていうのは変ですね。自分も不安に感じてましたから。逆に言うと、みんな不安なんだと思います。ということは、みんな正常なんですよ!先生も患者も。

 心の病気のつらさは本人にしか判らないですよね。自分はあまり良い精神状態でなかったり、体調も悪かったりしても、他人は肉体の表面(表情とか仕草とか)しか見てないじゃないですか。ましてどんな気持ちかなんて考えてくれないですよね。余程何か理由がない限りは。(で、その「理由」とやらは、一歩外に出ると何にもないんです。)自分も病気にかかった頃は「自分はなんて情けないんだろう。根性がないんだろう。不甲斐ないんだろう。」と、メチャクチャ悩みましたが、他の患者さんのブログや本などに書かれている経験談を読むと、みんな症状や考えていることが同じなんですよ。(多少個人差はありますが。)主治医に疑問を持つこと、薬を飲むことに抵抗があること、これもみんなが同じ道を通っているように思えます。たとえば、セカンドオピニオンを受けてみるというのはどうでしょうか?薬については、正しく飲めば必ず効きます。(ただし時間は月、年というスパンでかかりますけど。)いい先生を見つけて、いい薬を飲んでみてはいかがでしょうか?

投稿: Daisukeh | 2008/08/19 18:00

ありがとうございます。昨日病院行ってきました。先生に会うと言葉を失ってしまい。ちゃんと眠れている?ご飯たべてる?って聞かれ、それに答えるので精一杯。途中涙が出て。理由は何かわかる?って聞かれてもわからなくて・・やっぱり私病気なのかな?違うと思うよ。でも今のままでいたくなくて。「それはいい考えだと思うよ」と。薬で楽になれますか?以前の薬(コンスタン)は別の医師(担当医が病欠で不在だった為)の処方で今は状況も症状も以前とは違うし先生だったらどの薬をだしてくれますか?薬はカウンセリングが終わったら決めましょう。という具合で診察は10分位。その後臨床心理士のカウンセリング。以前は個人病院で診察の度に薬が毎回変わり不審に感じ今の病院に変えました。以前の病院の処方箋を見せたら「デタラメナ処方だなぁ」と苦笑されました。今の病院は市内で大きな精神科神経科の専門病院です(去年10月~2か月近く入院・カウンセリングは去年11月~今年4月)退院後は貯金で何とか暮していけましたが4月から8月まで親の援助を受けながらバイトと学校(ヘルパー)を開始。8月免許を取得しました。7月辺りから欝が始まり再度今月からカウンセリングを希望。カウンセリングでは親の援助が切れる不安、仕事を無理に続けて又入院するのではという不安が今一番影響していると言われ、金銭的援助を再度期限をつけず親にお願いするのが課題となりました。どんな反応が返ってくるかとても恐怖。お盆鬱状態が酷く帰れないと実家に電話したら父に「何をやっているんだ!もっと気持ちをしっかりしろ!たかがバイトもろくに出来ないのか」と言われとても情けなくて。いい年をして仕事もバイト(週5日5時間)もろくに出来ない自分が情けなくて悲しくて・・でも無理して一人で頑張っても結局体調を崩し再度入院するのは時間の問題と言われてます。援助をお願いする方法は親に選択権を与えられ、無理をし続け入院するのは強制的なやり方になってしまうよと。断られたら次の方法を一緒に考えようと言ってくれました。もう逃げずありのまま今の気持ちを伝える事に決めました。逃げても逃げ切れない課題なんだなぁと諦め半分とやるしかない、悩んでいるだけでは何も解決しないし自分も成長出来ないと思えるようになりました。臨床心理士の先生から主治医に報告が行きパニック状態で強い恐怖と不安感が強い為レキソタン5mgを頓服で一週間分処方されました。今朝も欝と恐怖感でレキソタンを服薬し1時間位で効いてきた感じです。重く考えずに言えるように意識してます。応援してくれてとても心強く感謝しています!

投稿: | 2008/08/20 22:12

 moonさん、返信が遅れてごめんなさい。僕はカウンセラーじゃないのであまりうまいこと(?)は言えないですけど、症状のことや金銭面のこと、仕事のこと、そして家族のことと、いろいろな心配事があるようですね。病院で泣いちゃったとか…。僕も、2~3回泣いてしまったことがあります。特に何か言われたとかではなくて、自分の現状や考え方を省みて「うっ…!」ってなっちゃたんだなぁ。人によって病気を取り巻く環境は様々ですよね。自分はたまたま幸運だったのか、会社も見守ってくれたし、家族も理解してくれていたので、なんとかやってこれていると思います。

 診察や薬は精神科の先生の専門なので何も指摘できませんが、臨床心理士の方が味方になってくれているのは心強いですね。その病院には鬱病などの心の病の家族会みたいなものはありますか?家族がそばにいなくても、そういう場所を勇気を持って利用すれば、心の暗雲が少しは晴れるかもしれませんよ。

 現在の自分の状態は(前記したかもしれませんが)3週間毎の診察で、デプロメール、トレドミン、リーマス、テトラミド、ハルシオン、デパス、ランドセン、時々カロナールといったところです。(あぁ薬のオンパレード…。)症状は概ね落ち着いてきました。おそらく何も知らない人が見たら、こんなに薬を飲んでいるなんて思わないでしょう。そして、僕の心の中でどんな考えが浮かんでは消え、悩んでは自分を励ましているか、誰にもわからないでしょう。僕にはカウンセラーはいませんので、専門的な悩みの相談はできないのですが、自己暗示をかけることでこの病気から少しでも脱却、あるいは共存できるのではないかと、今はその実践の日々を送っています。だから、moonさんも自分に負けないよう頑張ってくださいね。

投稿: Daisukeh | 2008/08/22 12:55

励ましのメール有難うございます。実家に帰って今日戻りました。作り笑顔ももう出来ない。レキソタンで落ち着かせてから親に援助をお願いしました。始めは反対されました。期限なしでいつまでも援助なんて納得出来ないと。情けなくて涙も出ませんでした。しばらくして母が私名義で作ってたお金を私にわたしてくれました。40歳にもなって未だに援助が必要な自分が情けなく罪悪感で一杯。涙もでず感情もなく無表情。明後日カウンセリングです。頭の中が不安で真っ白。友達に心の病を思い切って打ち明けてきました。彼女は家族や親戚に精神病の人が多く私の事を自然と受け止めてくれました。今まで内緒にしていたことだっただけにお互い信頼感が強くなった感じがします。

投稿: moon | 2008/08/24 15:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/189978/45907140

この記事へのトラックバック一覧です: 僕と君のパーソナリティー、その今昔:

« PHPフレームワークが面白い | トップページ | WebSphere sMash でスマッシュ! »