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鬱病(29) 僕は今、宣言する!

※今まで考え付きそうで頭に浮かばなかった、新しいアプローチを実践してみようと思う。失敗するかもしれないが、どのみち何かしらこの状況に抗う必要があるのだ。その方法は以下に記す「自己暗示」である。

 これまで長い間苦しんできたこの病に、僕は正面から勝負をしようと思う。

『僕は僕に克つことができる、その必然性があるのだ!』

 一年前と比べれば確実に回復していて、会社にもなんとか出社しているし、その気になればプログラムもできるではないか!精神と肉体の狭間で苦悶した僕は、すでに過去の僕だ。この事は揺るぎない事実なのだ。時間軸は僕の前方にある!思い切って過去の後悔は捨て置こう。だがそこには蓄積した知識と知恵があるではないか!前進する僕には輝く太陽から降り注ぐ風と広大な平原しかない。険しい丘陵や荒んだ砂漠に挑むことになっても、過去の僕が加勢してくれるはずだ。

 ヒトのアイデンティティについて多くの論客が話しているが、つまりは自身の存在が全てで、それ以上でもそれ以下でもないのではないか?これは単に唯物論という訳ではなく実存主義というべきかもしれないが、時空は万物の影響を受けることなく存在するわけで、僕も含めて素粒子から暗黒物質まで、ただ「それ」を構成するオブジェクトだということだ。僕はその中で何をしたくて、何をしてきたのか?そんなことちっぽけで言えない。
 しかし、少なくともこうして人間として存在する僕なのだから、この一瞬を精一杯頑張って努力して、いろいろなことをやってみればいいじゃないか!過程はどうあっても結果は完璧に分かっていることなのだ。万物の最期は「死」なのだから。その時間の尺度が違うっていうだけだ。素粒子なら数ナノ秒、人間ならおよそ80年、恒星なら数億年という風に…。

Grassandcloud

 病気だって、勉強だって、仕事だって、人付き合いだって、夢中になれることでも、そうでないことでも、どんなことでも本当に正面を見据えることができるかどうか、それが大切なのかもしれない。それは頑張るってこととは少し違うと思うのだ。頑張ることも確かに大事なことだが、それはプロセスなのであって、正面を見据えることとは違う。それができて初めて、本当に頑張れるかどうかが決まるような気がする。

 「必然性」とはまさに、僕が僕自身を正面に見据えることに気が付いたことなのだ。

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