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鬱病(26) 鬱と投薬

Depression1

 前回の鬱病に関する記事(考え方や体調の変化について)を書いてから、かなりの時間が経過したと思う。今ではすっかり普通に出勤して、デスクのパソコンに向かいながら仕事っぽいこと(自由な時間が多いので、いろいろと興味があることを勉強させてもらっているのだ。)もできている。おおむね症状は良くなったとも言えるのだが、それでもときどき焦燥感や喪失感と、それにともなう動悸や手足の痺れなどの症状が、現れては消えての繰り返しだ。また、異常な食欲とそれに負けて間食したのが原因で、5キロ以上体重が増加した。これにはホトホト参った。体がいうことを聞かないのはなんとも歯痒いし、動きに制限がつくのはつらい。ダイエットしなくちゃいけない…。

Depression2

 前回書いたかもしれないが、病院も個人病院の心療内科医院から、県立の精神医療センターに変更した。自律神経失調症や自覚のない初期の精神疾患では、患者本人と医師との意志疎通ができない(医師側も診断が難しい)場合があり、俗に言う「ホスピタルショッピング(病院を転々と変えること)」をする人も多いと聞く。幸い自分は発病から回復期まで一人の先生に診てもらえた(渦中では先生や診断に対する疑念などを持ったこともあったが…)のであるが、回復期の診療方針にセカンドオピニオンを聞きたいと思い、その先生の紹介で現在の精神病院のお世話になっている。

 精神病院と聞くと「キチガイが行くところだ!」なんて思う人が多いと思うが、無茶を承知で言うならば、「その通り!」と認めざるを得ない。ただし少し考えてみてほしいことがある。むかし目が見えない人を「めくら」、事故や先天的に手足が不自由だったり欠損している人を「かたわ」と呼んで、ある時は忌み嫌ったりして、なるべく関わらないようにしてきた文化が日本にはあったように思う。それは現代でも心のどこかに「健常者とそうでない者」という考え方があって、無意識に相手を傷付けたりしているように思うのだ。でも、パラリンピックの選手の信じられない妙技や、盲導犬と一緒に自由に活動する視覚障害者を見ていると、とても生き生きしているじゃないか。むしろ健常者と呼ばれる人の方が、不健全で怠惰に暮らしてはいないだろうか?乙武さんの「五体不満足」という本があったが、健康であること、自由に行動できること、御飯が食べれることなどに、きちんと感謝しなければならないだろう。前述した「キチガイ」論についても、心の病を抱える人達だからこそ精神病院に行くわけで、その程度の差こそあるものの、患者がみな少し変わった考え方をするという、ただそれだけのことだ。暴れてしょうがない人は拘束したりもする。これは重症患者がICUで治療を受けるのと同じだと考えればいい。(ただし、少し気を付けなければならないのは、心の病は目に見えないし、ちょっとしたことで傷付いて症状が悪化したり、少しおかしな言動や仕草・行動をとることもある。でも本人はいたって真面目であるので、その辺りを察してあげてほしいのだ。)

 パラリンピックと言えば今年は北京オリンピックだが、パラリンピックももちろん開催されるだろう。でもなぜパラリンピックはテレビで放映されないのか、疑問に思う人はいないのだろうか?少し考えればわかる通り、視聴率や放映権といったビジネスに関わる部分が大きいのだろう。「放映しない」(もちろん中継放送なんてしない)のは、暗黙的に差別しているということに他ならないんじゃないのだろうか?そう思えてならないのだ。

Depression3

 今の自分はまだSSRIとSNRIと睡眠薬、抗不安薬などが100%投薬されている状態である。診察の度に薬が微妙に変わったりして、その度に副作用に悩まされる日々が続く。勝手に薬を辞めるわけにはいかないのだが、薬を飲まない方が楽なんじゃないかといつもいつも思うのだ。頭の中が真っ白になったり、背筋が緊張して戦慄するような緊張感に襲われたり、いろいろな症状と対峙しながらこの病気と付き合っていかなければならないのだろう。そのうち薬も減ってきて、昔の自分とは少し違う自分になれたらいいなと、思わずにはいられないのである。

※今までとこれからの自分の鬱病闘病記を、ホームページ( http://daisukeh.d.dooo.jp/ )に転載しようと思う。まとめて読めるようにしておけば、誰かの役に立つであろうと思ったからだ。インターネットで検索すれば、たくさん同じ病気に悩む人々のブログやホームページを見ることができる。自分はそういう人たちの中に、同じ境遇、同じ考え方、同じ治療や苦しみを持つ人を探して、そして良い面と悪い面で勉強になった。みんなが再び元気で健全な生活と考え方を取り戻そうとしている。それは努力と言えるけども、鬱病の前では徒労に過ぎない場合もある。だけどみんな頑張っていた。自分の体験談(まだ寛解していないが)も、そんな中のひとつになって、この病気と向かい合う人の役に立てばいいなぁと思うのだ。

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コメント

職場復帰おめでとうございます。

無理をせずに焦らずに…

投稿: あまみのくろうさぎ☆☆☆ | 2008/06/28 02:01

ありがとうございます。お元気ですか?

 復帰したといってもバリバリ仕事しているわけでもなく、会社の中になんとなくいさせてもらっている感じ、というのが実情です。病気に対して理解ある会社だったのが不幸中の幸いでした。

 あまみのくろうさぎさんはその後いかがですか?以前は少し悲観的なようでしたが、あまり考えずに前を向いていきましょうよ!(といいながら、自分もまだまだ真正面を向くことが怖いのですけど…。)

投稿: Daisukeh | 2008/07/01 11:02

最初は特にすることもなかったりでしょうが、毎日今までどおりに出社すると言うことが大切なのかと思います。
これからですよ。。。
奥様ともお出かけはしていますか?
鎌倉へ行かれたりしていましたよね。

私のほうは相変わらずの毎日です。
通院している病院の先生に言われました。
『このまま来てもらっても治すことはできそうにないから、どこか大学病院に行ったほうが良いですよ。入院でもして…
NETで探して行きたい病院があったら、その病院に紹介状を書きますから…』
去年はいろんなことがありすぎた一年でした。今は抗うつ薬を減らして無くす方向でいます。副作用でかなり体重が増えてしまいましたが、元の体重に戻ったら再就職先を探して働こうと考えています。
daisukehさんも真正面を見据えなくとも、あちらこちらと余所見をしながらくらいのつもりで良いと思いますよ。

長くなりましたが、お元気で。。。

投稿: あまみのくろうさぎ☆☆☆ | 2008/07/18 15:17

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