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鬱病(22) 頑張っちゃいけないの?

 新年になって最初の一週間の出勤は、非常に多忙でストレスフルな日々になった。まるで自分が鬱病ではなかったかのような、そんな錯覚さえ覚えるほどである。年末年始はゆっくり休息できたので、新しい年からは新鮮な気持ちで仕事に臨もうと思っていたことは確かだ。ただそれも、リハビリ勤務を続けて徐々に実務をこなせるように、ということにしたかった…。実際に待ちうけていたのは、自分が携わっていた仕事の残務や、不具合への緊急対応、技術的な打ち合わせへの参加などなど、スケジュールがどんどん埋まっていって、いきなり残業の毎日だった。

 療養の半年のブランクはやはり大きい。去年の年末は午前勤務などの軽い負荷だったので、職場の雰囲気を取り戻すいい機会であった。だがこの一週間は、異なる内容の仕事をいくつか掛け持って、それぞれにメールで返答したり、書類を作ったり、物品を購入したり、お客さんと打ち合わせしたり、はっきりいって無謀だ。正常な状態の自分であっても厳しい内容なのに、今の自分は判断するのに時間はかかるし、そもそも正しい判断をする自信が持てない。そして、神経を集中するほどにストレスがたまり、脳細胞が擦り減って疲弊していくのを実感する。日毎に体調も悪くなっていく。いままでのリハビリ生活で改善していたことまでもが、少しずつまたダメな方向へ戻っていく。そして躁状態の様になったり、極端に仕事に集中してしまうのだ。でもなぜか能率はあまり上がらない。それは集中しているように思っているだけで、まったく判断力に乏しいからである。ただ焦燥感や義務感に襲われて、目の前の仕事をこなすことでエネルギーを使い果たす毎日になっていた。

Shout  この感覚は鬱病になる直前の日々に似ている気がする…。とても危険な状態だ。今こうしてブログを書いていると、あらためて自分の精神状態を正視できる。なんでこうなったんだろう?職場のみんなは自分が病気だということを忘れているのではないか?いや、そんなことはないはずだ。意地悪されているのか?もう完全に復帰できたと勘違いしているのかもしれない。実際、自分の目の前には仕事のファイルがすでに数冊積まれている。なんでだろう?仕事を断れない自分が悪いのか?そもそも断る理由があるのか?そんなに自分に自信があるのか?自信があるから断らないのか?そうじゃぁないでしょ。
 仕事を断る理由は大いにある。自分は鬱病なのだ。鬱病独特の症状が現れているに過ぎないのだ。ただ周囲の人達がそれに気付いていないだけだ。(気付いていない、という表現は正しくない。正しくは、鬱病というものを正しく理解していない、のだ。)確かに断らない自分も悪いが、頼む相手ももう少し考えてほしいのである。もう今は自分の技術力なんかを自負していないのだから、できないものはできないと言えたら楽なんだけど…。

 このままだと再発しそうだ。今すぐに現状から抜け出さないと、やがてまたあの泥沼に足をとられることになるだろう。先人の鬱病患者で再発を経験した人の多くが、職場復帰後に同様のストレスを受けて、それに抗うように頑張って、その抵抗虚しく自分のアイデンティティを見失い、再発してしまっている。今の自分はどうか?まったく同じなのではないのか?仕事を頑張ってなにが悪いのか?自分の思い通りになることなんてない。ストレスを感じて当たり前なのに。じゃぁ、どうすればいいんだろう?人間の幸せってなんなのだろう?

 「諸行無常」「諸法無我」とは仏教に出てくる有名な言葉だけども、これを言葉の上で理解できても実践できる人はそうそういない。この世の中にどんなカルマがあって、自分にどう関わっているんだろう?善と悪は表裏一体と言うけれど、自分は果たしてどうなんだろう?何か悪いことでもしたのだろうか?これは自分への試練なのだろうか?それとも人生の休息地点なのだろうか?何もわからなくなってきたよ…。

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