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鬱病(19) 職場復帰の実状と経過

Gohho しばらくの間、ブログ記事の作成が面倒になって更新が滞ってしまっていた。最近は少し元気になってきている事もあり、いろいろな関心事も増えてきて、そういった日々の雑念(?)をまとめてブログにしようと思っているこの頃である。(そして、PuppyLinuxやUbuntu、マインドマップなどの記事も書いた…。)

 これまでのブログを見返してみて思った。自分の心が『躁』のような状態のときには、精神的・肉体的に完全ではない(調子が悪い)にも関わらず、それでもいろいろな関心事や自分自身についてのブログを、よくも頻繁に更新できたものだなぁと、当時の記事を読みかえすと感慨深い。現在はかなり症状も落ち着いてきている(と思う)ので、当時のそういった考え方や心理・状態描写を読み返すと、なんだか自分ではないようで不思議だ。ただ、『鬱』のような状態の時にも、かなり深刻な内容を事細かく書いていたりもする。このギャップは何なのだろうか?

 そんなことを考えていると、ふと思うことがあった。鬱状態にある場合は、それなりの自覚症状(希死・自責念慮、逃避願望、焦燥感など)があるのだが、躁状態にある場合は、それが正常に戻っているのか、躁特有の空(から)元気ななのか、自分自身では判断がつきにくい。だから、「今は回復傾向にあるのでは?」という根拠のない錯覚に陥ることが多かったように思う。幸い、これまでそういうことによる重篤な落胆を経験したことこそ無いものの、ふたたび憂鬱感や焦燥感が沸き起こると、「まだ寛解には至っていないのだなぁ。」と、少々寂しくなる。自分自身の心がアクティブにもネガティブにも自制できないことが歯痒い。まして、今は投薬と通院の効果もあって、いろいろな興味や意欲が戻ってきている。にもかかわらず、脳がすぐに疲弊してしまうため、思うように学習や計画、コミュニケーションを行うことができない。そのことで、自分自身に苛立ってしまい、そのハケグチを家族やテレビに向けてしまう。悪いスパイラルである。

 加えて現在までの状態を説明したい。この一ヶ月程はリハビリ出勤ということで、午前中だけ出社してデスクでパソコン作業(プログラミングなどの真似事)をして、昼休みに帰宅するという勤務(?)を取らせてもらっているのだが、最初の二週間は確かに出社してデスクにいることだけで(みんな本当に気を使ってくれたり親切にしてくれるにもかかわらず、)『理由のない苦痛』があったことは確かだ。長く休んでいたこともあるが、他のメンバーや上司に多大な迷惑をかけていたんだと思うと、途端に胸が締め付けられ、頭痛やめまいに陥るのだ。自分の心の中では、そんなに意識していないと思っている(という考えは、本当は「とても」意識しているのか?)のだが、身体(あるいは深層心理、無意識といった方が適当か…)の変化は素早く、そして正直である。
 ようやく午前中勤務に慣れてくると、出勤時間を守ろうとか、会社で昼食をとろうとか、もっとコミュニケーションをとろうとか、いろいろと自分の意識が上向きになるのがわかる。そして実際に実践するのだが、これが思うようにはうまくいかない。帰宅するとぐったりしてしまったり、頭痛や膨満感、眠気、倦怠感、イライラなどのストレス反応が現れる。例えば、午後も会社で作業の続きをしてもいいかなぁと思っていたのだが、ストレス症状でみんなに迷惑をかけたくないし、という葛藤で帰宅するのだ。なんだか、面倒な人間になってしまっなぁ。これくらい慎重でないと、再び泥沼へ転落するということなのか…。だから身体が自然にブレーキをかけてくれているのかもしれない。「心と体はひとつ」とか言うことがあるけれど、今の自分は「心」も「意識」と「無意識」で別様に思えるし、「身体」だって「心」とつながっているのかどうなのか、よくわからない。

 前置きが相当長くなってしまった。話の順番が逆になったが、以下に職場復帰に至るまでの経緯を記録しておこうと思う。

 約一ヶ月前の土曜日、会社の上司と自分達夫婦の3人で昼食をする約束をした。それまでの数ヶ月間、会社の前まで行ってすぐに家に帰るような通勤の練習や、夫婦で会社ビルの中に入ってみたりと、なるべく会社に直接関係する外出を増やしてきた。しかしながら、やはり会社の上司や先輩・同僚と面会する勇気が持てずにいた。妻に促されて、まず一番お世話になった上司に会ってみたら?ということにしたのだ。

 そして実際にお会いして食事をした。前日は緊張のためか眠りが浅かったのだが、一度お会いして軽く会話を交わしただけで、何か胸にストンと落ちるものがあった。これは上司の度量(器?)の大きさ、深さがあってこそなのだが、あらためてその男気に安心してしまった。半年以上も仕事に迷惑をかけていたにも関わらず、その時間の経過や会社への負担をあまり感じなかった。このことこそが、職場復帰しても大丈夫だろうかという、不安を払拭するのに必要なことなのだと思った。会食では自分がこれまでの経緯と現在の状態、復職や今後についての不安、これまで会社として個人として支えてくれた感謝を伝えた。上司からは口数こそ多くなかったが、激励の言葉をいただいた。これで本当に安心することができた。

 昼食の場所は会社の最寄駅だったので、そのまま会社にも行ってみることにした。幸い土曜日ということもあり、大勢出勤している可能性は低い。やはり上司には会えても、いきなり他の同僚に会うのは大きなストレスなのだ。すこし躊躇しながらも会社のドアをくぐると、以外にもすんなりと中に入ることができた。土曜日に設定してくれたのは上司である。おそらく、こういう自分の不安なども考慮してくれたのではないかと思う。

Soutsu  中には休日にも関わらず、直属の上司が出社していた。直接的な迷惑をお掛けした相手だったので、一番お詫びしなければならない相手である。自分が勤めている会社は、産業用や研究用などのプラントに関わる制御システム(いわゆる計装システム)と、それに関わるアプリケーションの設計と開発を手掛けている。自分はパソコン用アプリケーション開発を中心に組込系ハードウェアやファームウェア設計にも携わさせてもらっており、その機会をいただいた方だ。自分がそういった仕事を病気とはいえ放棄したということは、直接上司が担当せざるを得ないわけで、たいへん申し訳ないことをしたと想っている。

※あまり「申し訳ない」を繰り返していると、鬱病特有の自虐的というか悲観的な観念にとらわれてしまいがちなので、あまり考え込まずに「そうなってしまったのだから仕方がないこと」と割り切れればいいのだが、これがなかなかそういうわけにはいかないのだ。

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コメント

今月は本当にお疲れ様でした。車で送り迎えもしたし、私もそれなりに忙しい一ヶ月でした。私もあまり万全な状態でなく、迷惑をかけると思いますが、二人で助け合っていければなあと思っています。はなっちに心配かけるのも悪いしね。

投稿: めぐみ | 2007/11/01 20:23

本当にありがとうございました。
まだまだ、迷惑と心配をかけてしまうと思うけど、よろしくお願いします。本音で頼れる人が他にいませんから…。

投稿: Daisukeh | 2007/11/01 20:50

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