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鬱病(12) 楽観と落胆

 現在の自分の状態、どうやら軽躁状態のようだ。一週間ほど前までは、毎日イライラして奥さんを困らせたり、自分でも自分がイヤになったりと、精神的に良くない状態が続いていた。それが、薬(デプロメール)の効果が現れたのか、「もう少し休もう」、「ゆっくり考えよう」と思うようになった(『鬱病(11) 「モヤモヤ」と「考えない」』参照)途端に、また小難しいことを考え出してから、一転して面白いブログを書いたりするようになった。WindowsLiveSpace にバカブログを開設してみたり(『Windows Live Space』参照)、フォトアルバムを作ってみたり(『キッチュな画像』参照)と、パソコン関連のことばかりだが、とにかくいろいろと手を出している。そもそも自宅サーバーを構築しようと思い立ったのも、やはり軽躁状態だったのだろう。それが証拠に、構築したはいいが、その後何もできていない。参考書を何冊か買って読んだりもしたが、結局プログラムらしいものは少し書いた程度で、本当にやりたいことができていないのが実状だ。

 鬱病としては典型的な症状なのであろう。自分はダメだと抑うつ気分に悩む期間と、人が変わったように朗らかになる軽躁の期間が繰り返す。このままの状態であれば、会社に行って仕事ができそうだな、と思うこともあるのだが、やはり長時間パソコンに向かって何か考えていたり、なんでもないことでも選択を迫られたりすると、急にめまいに似た状態に陥る。横になってアイマスクと耳栓をして休息しないと、どうにもならなくなってしまう。

 この状態がもっとも危ないのかもしれない。今日もそのことで自己嫌悪に陥った。朝に考えていた事と、夜に考えた事が正反対なのだ。そのことをうちの奥さんに指摘され、自分の論理的矛盾に気が付き、そして落ち込む。くらくらしてしまう。一体、自分の頭のなかはどうなっているんだろう? 鬱状態の時よりも、自覚症状がはっきりしてしまうだけに、ショックが大きくなってしまうのである。そして希死念慮につながっていく…。あまり変なことを公言すると、家族が驚いてしまうので言わないが、今でも『死ぬ』ことに関してとても興味があるのだ。不思議だが冷静に実行方法や事前準備、その後の事までいろいろと想像してしまうのだ。

 もう今日はこのくらいにしておこう。死ぬのは卑怯だ。人間は自ら生まれることができない。でも、自ら死ぬことはできる。だからこそ、その選択はタブーなのだ。

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