« ネットで美味いもの探索 | トップページ | 生命の定義、生きる力 »

鬱病(11) 「モヤモヤ」と「考えない」

Moya  今週は(今週も、かもしれない…)とても気分が低迷気味で、パソコンいじったりしているけど、実質的には何もしていない状態が続いている。テレビを見ると気分が悪くなる(ニュースのコメントや、日本語の使い方が耳障りでイライラしてしまう)ので、昼食・夕食後は御香を焚いて瞑想したり、本を読んだり、パソコンしたり。(←パソコンしたりって、何してるのか自分でもよくわからない。)
 自分の脳が「何」を考えているのか、じゃぁその「何」って何なのか? 「何か」を考えている理由は? とかいろいろとまとまりの無いエンドレスな思考作業を繰り返してしまって、鬱になったはじめの頃と同じような状態に戻ってしまった。むしろ、2~3月頃は身体的な苦痛もあったので、そのお陰で(というのも変だが)気が紛れることもあった。今は、頭痛はまったくしなくなったが、早朝覚醒は相変わらず続いている。眠薬と安定剤で寝入るのは早いけど、目が覚めたときに意識が妙にハッキリしてしまって、再び眠ろうとしても眠れなかったりする。

 お医者さんからは「人生目標20~30%で!」と言われ、自分でも自他に対して行動や思想に100%を求めない方法を考えようとしている自分がいる。まずは自分から。今までは「楽に考えよう」とすることに必死だったので、むしろ楽じゃなかった気がする。「楽」の定義が何かはこの際考えず、何も考えない、思いのままに行動するようにしてみようと思った。そして今は、奥さんに心配を掛けながらも、寝たいときに寝て、朝はなるべく早く起きるけど(2~3時に起きてしまっている場合もあるが…)、パソコンや読書したいときにするようにしてみている。はっきり言って、今までの自分からしたら自堕落で大馬鹿で時間の浪費で情けない生活だけど、実践してみると今の精神状態には効果がありそうな気がしている。心が本当に休まってくれるのかな…。

 哲学とか論理学とか、趣向は違っても考え方の美学みたいなものがあるじゃないですか。自分の心の中にも、自己流のそういった美学が形成されてしまって、それが常識的か学術的かそういった判断は難しいけれど、とにかく存在している。自分の中にあるものだから、常に磨いて美しさを保ちたいし、他人に対しても自分の美学を貫きたくなる、というのが今までの自分なのかな。それでも自分にはやや甘くて他人にはとても厳しく考えてしまっていた。でも他人にその意見をぶつけないで自分の中に溜め込む。「あの人のああいう行為は嫌いだ」とか、「世の中の仕組みはどう考えても間違っている」とか…。そんなこと考えたり思いつめたって仕方ないじゃない。自分の美学に合うような世界に変えたくて、自分の美学に合うものを変えたくなくて…。結局は自分の世界が変化するのがイヤだから、他人の世界を変化させることもイヤ、ということなのかな。 

 考えていることを伝えるってことは、非常に難しい。いろいろと書いたけど、なんとなく言いたい事と微妙に差異があるようにも思う。だけど文章にしてみて自分の意志を再確認できることもあるから、また思いついたときに考え方をメモしてみようかな。

|

« ネットで美味いもの探索 | トップページ | 生命の定義、生きる力 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/189978/45907066

この記事へのトラックバック一覧です: 鬱病(11) 「モヤモヤ」と「考えない」:

« ネットで美味いもの探索 | トップページ | 生命の定義、生きる力 »