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赤い車と事故の関係

 先日、奥さんが自治会に出席して面白い話を聞いてきた。ある老人が『赤色の車は、他の車より目立って注意されるから、交通事故が少ない。』と話たのだそうだ。なるほど、話の根拠が希薄だが、妙に納得してしまうのは何故だろう? 少し考えてみたいと思う。

 確かに大抵の看板には白地に黒字で文字が書かれていて、注意すべき文句だけ赤字だったりする。(当然例外はあるが…)また、諺の「朱を入れる」とは文章の訂正・添削することで、やはり注意を促す意味があるのだろう。同じく学校などで先生が「ここはテストに出るので赤線を引いておくように…。」とか言って、重要な部分を示唆することがある。テストの添削だって、赤ペンだ。(これでバツ印の応酬+落第点だとかなりショッキング)身近にある交通標識も、赤色は強い否定・禁止を意味していると思われる。(赤信号、進入禁止など)
 そんな赤色なのだが、これらの説明では「赤色が注意すべき色」である根拠にはなっていない。ただ、「(赤色は目立つから)注意して下さい。」という考え方の例示であって、結局冒頭の「赤い車…」の話に戻ってしまう。だから、物理的・生理的・社会的な考察をしてみたいと思う。

【物理的考察】
 色とは対象物が吸収(または放出)する光の波長の違いだ。一般に人間の視覚は400~700nm(虹色)を見分けることができるのだが、興味深いことに、太陽光の分光放射分布を調べると、視覚の波長範囲のエネルギーが最も高いのである。地球上の生物はそのほとんどが太陽なしには発生・進化できなかったわけだから、最もエネルギーの高い光を視覚として(選択的に)取り込んだことは自然なことなのかもしれない。

【生理的考察】
 視細胞は大きく分けて二種類ある。ひとつは悍体細胞で、これは色ではなく明暗を識別するので、話から除外しよう。もうひとつが錐体細胞で、特定の波長をピークに持つ色を識別する細胞である。原理的には光の波長の違いを知覚するためには、二種類の錐体があれば可能なのだそうだ。実際に多くの哺乳類は二色型色覚である。(だから、犬とか馬には色が見えていないというのは迷信なのだ。)人間の場合は三色型色覚で、赤錐体の特性をわずかに変えた緑錐体が追加されているおかげで、緑~赤の帯域の識別力が強化されている。ちなみに赤色は識別できる色の中で最も波長が長い(約560nm)。余談だが、悍体より錐体の方が感度は低いが応答は速い。これは、明るさに慣れるには時間が必要だが、色は素早くに判断できるということだ。

【社会的考察】
 赤色というと何を連想するだろうか? イチゴ、リンゴ、バラ、火、溶岩、血、唐辛子…。こういった連想は、人間の進化の過程で、経験的に体得してきたのだと思う。たとえば、植物の実を収穫しようとするときに、熟したものは概ね赤色になるように思う。もちろんそうでないのもあるし、食文化や嗜好の変化で未熟なまま収穫したり、品種改良して熟した状態が必ずしも赤色でないこともある。しかしながら、白いイチゴや緑色のリンゴ(王林は除く)は、美味しさを連想できないから、食べたいとは思わないものだ。次に思うのが赤色から危険を連想することだ。火を「赤い」と形容することが多いが、火傷したくないので直接触る人はいないだろう。また、血も「赤い」が、好んで血を見たい人はいないだろう。自分の皮膚から血が出てたらイヤだし、ホラー映画や殺人現場の写真を見ていい気分になる人がいるだろうか?唐辛子だって、辛い(からい)のを知っていながら辛い(つらい)思いをするのだから、矛盾している。本来、体がつらい刺激と感じる情報(痛い、熱い、からい、にがい、など)は、回避を喚起する情報であるはずだ。

 ということで、これまでの考察をまとめてみると、「人間は赤色の認識能力を高めることで進化を助長してきた。一方で生命を維持するため、他方で危険を回避するために赤色を利用してきたという文明の変遷がある。」と言えよう。したがって冒頭の「赤色の車」の話は概ね間違っていないと思う。ただし、考慮すべき点は赤色は危険だけでなく魅力も持っている。たとえば、赤いフェラーリ、赤い唇…。それと、自動車事故はそんな単純な理由で回避できるものではない、ということだ。

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コメント

 記事を投稿してから思ったのだが、本文の内容と論理導出が「赤い車…」の話を肯定する方向で推し進められているのは明らかだ。自分で言うのも可笑しいけど、逆に幾らでも反駁はあるはず。
 結論はどちらでも良いと思う。こういった思考実験はとっても面白い!本当の問題は交通事故を少しでも減らすことなのは言うまでもないが。

投稿: Daisukeh | 2007/06/15 10:34

『赤色の車は、他の車より目立って注意されるから、交通事故が少ない。』この話しに信憑性はあるのか?目立っても注意しないのが今の世の中の長生きの知恵なのかなと考えたりもします。昔こんな話しを聞いたことがあります。車の運転は自らするか、それとも面倒だから他の人に任せるか?自ら運転する人は運転そのものが好きな人で、そういう人は統計的に事故を起こさない人が多い。面倒だからと言う人は自分でハンドルを握ってもやはり面倒だから義務を怠る。それが事故に繋がっていると。
交通事故撲滅。
今の免許制度のあり方も含めて考えていかないと、その場しのぎの対応になってします気がします。使い方次第で凶器になる訳ですから。

投稿: あまみのくろうさぎ | 2007/06/15 12:16

 『車の運転は自分でするか?他人に任せるか?』の話は、とても興味深いですね。確かにそういう考え方もあると思います。
 自分は運転があまり得意ではないので、もっぱら奥さんに運転してもらいます。ですので、自分で運転しなければいけない場合は、人一倍安全運転を心がけたいところなのですが、逆に余計な注意を払ったりして、周囲の車に迷惑をかけちゃうんですよね…(笑)

 交通事故は「人間と自動車」が存在して初めて起こるものです。自動車がないと生活できなかったり、赤字バス路線や電車の廃線など、移動手段に困窮する人達は、止むを得ず運転という場面もあるのかもしれませんね。仰るとおり免許制度のあり方もそうですし、社会システムについても考えなければいけない問題なんだと思いました。
 

投稿: Daisukeh | 2007/06/15 12:36

去年新しくしたうちの愛車ももしかしたら「赤」系の色になるかもしれませんでした。でもその時は気に入った「赤」じゃなくてやめましたが。
たまにハッとさせられるような運転をしてすみまへんです。隣で乗っててヒヤヒヤでしょう。このところボケボケですね。安全運転を心がけます。
あなたの問題提起にはまったくコメントしてないコメントでした。

投稿: めぐみ | 2007/06/15 21:18

赤い色の車の事故率は、絶対数が少ないのに極めて高い発生率です。
暖色は対向車に安心感を与えスピード感恐怖感を削ぎます。
中央線のオレンジ色もステン化で人身事故件数が改善したほどです。

投稿: | 2008/04/14 23:29

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